みすず書房

英文学の鬼才が生涯をかけてつくり上げた部屋

マリオ・プラーツ『生の館』 上村忠男監訳 中山エツコ訳

2020年12月22日

食堂
(Photography by Oscar Savio)

ルチア〔娘〕の部屋
(Photography by Oscar Savio)

大広間
(Photography by Oscar Savio)

訳者のひとり、中山エツコさん(翻訳家)による本書の紹介です。


中山エツコ

『生の館』は、英文学者、評論家、美術史家、作家、美術蒐集家として知られるマリオ・プラーツ(1896-1982年)が、1934年に若い妻とともに居を構えた、ローマのパラッツォ・リッチの住まいのなかをひと部屋ひと部屋めぐり、自らが手がけた室内装飾、年月をかけて集めたアンピール様式の家具や美術品を紹介し、それにまつわるエピソードを語りながら、自身についても語っていく自伝的作品である。1958年の刊行時、プラーツは62歳で、「5年間の幸せな結婚生活」を経て、家政婦とふたり、この広い家に住んでいた。想いを寄せる〈もの〉と人とのあいだを行き来して、語りは美術品の詳細な描写から関連の作品、文学との関係、連想、さらには作者の同定、入手の経緯、その品にまつわる思い出、思い起こす人、蒐集家の苦悩と歓び……と、果てしなく広がっていく。

碩学が生涯をかけて集め、愛した品を語るのだから、その薀蓄は興味が尽きないが、著者独特の感性に触れる楽しみもある。たとえば優れた水彩の室内画を語るとき。調度品や光の加減を細かく精緻に再現する人気のない室内画は、住む人の趣味を映しだすがために人のぬくもりを感じさせ、つい太陽の日ざしが室内を動いていくのを見つめたい気持ちになると言う。この書物も、存在する〈もの〉をこと細かに語りながら、目に見えないできごと、想い、人々の存在を呼び起こす。

家具や美術品の入手をめぐる蒐集家の喜怒哀楽もおもしろく、このような世界に縁のない者にも親近感を抱かせる。何年も目をつけていて、やっとお金が貯まったところで購入しようとすると(「聖地から戻った十字軍騎士が、これまで夢に見てきた乙女をようやく娶るときがきたように」)、待ちきれずに嫁いだあとだったという美しいテーブル。あるいは、壊れて届いて蒐集家人生の「最大の無念のひとつ」を味わわされたカップ。他の美術品と異なり、修復したが最後まったく価値を失ってしまう磁器は、「骨董品の世界の巫女」なのだと言う。置き場がなくなってしぶしぶ手放した化粧台は、再会したときには「骨董商の物置で埃を被ってしょんぼり寂しげにしていて」、著者をしんみりさせる。

著者の愛した人びと、出会った人びとのエピソードも心に残る。少年時代の母親の記憶、幼い娘との思い出の繊細な筆致、自らを語るときのユーモアとアイロニーなど、いかめしい印象の著者の意外な面がのぞかれる。友人のなかでは、イギリスに留学するプラーツに文学者・知識人との交流のきっかけをつくった作家のヴァーノン・リーが印象深い。文学から離れた好奇心ももつようにと若きプラーツをやや厳しく励まし、のちには「現実に起こったできごとを文学的な『閉ざされた園』に変貌させる」技巧的な、それでいて自然な文学こそ彼の資質ではないかと見抜いた。著者が最後に見た年老いたヴァーノン・リーは、花咲く園へと消えていく姿だった。本書中には数多くの出会いが描かれているが、別れはいつもうっすらと霧に包まれている。

ここに登場する人びとには、家具づくり、壁塗り、時計修理などの有能な職人たちもいる。日常生活に大量の既製品があふれるようになって次第に少なくなっていった貴重な存在である。〈もの〉のあり方の変容からも明らかな時代の変化、戦中・戦争直後のローマなど、20世紀の生きた記録としても読むことができる。

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