みすず書房

ラビノウ『PCRの誕生』新装版出来

ポール・ラビノウ『PCRの誕生――バイオテクノロジーのエスノグラフィー』渡辺政隆訳

2020年12月10日

小説と映画で話題となった『ジュラシック・パーク』に現実味を与えたのも、PCRである。ジュラ紀の琥珀(樹液の化石)に封じ込められた蚊の胃の中の血液(!?)――から採取したDNAをPCRを用いて増幅させ、それをワニやカメの遺伝子と組み換えれば、ひょっとして恐竜がこの世に蘇るかもというのが、原作者マイケル・クライトンの着想だった。
(「訳者あとがき」1998年晩夏)

22年前、本書初版の訳者あとがきの冒頭で、「PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)という言葉は、さすがに一般人の日常会話で交わされるほどまでは普及していない」と書いたときとは隔世の感がある。PCR法の発明は、1993年のノーベル化学賞に輝いた。受賞したのは、製薬ベンチャー企業シータス社の社員だったキャリー・B・マリスである。……
あの時代のバイオベンチャー企業で、しかもマリスという異端児がからむことでPCR法が誕生しえたことには、それなりの理由があったのだ。
(「新装版のための訳者あとがき」2020年初秋)

映画「ジュラシック・パーク」シリーズの第6作、『ジュラシック・ワールド ドミニオン(原題)』が、この11月に撮影を終了(クランクアップ)したとの記事があった。コロナ禍に、ひと足早く撮影を再開させたハリウッド大作として注目されていたが、撮影期間中に関係者に計4万回のPCR検査を行ったとのことである。

このシリーズの第1作、『ジュラシック・パーク』は、原作小説が1990年に刊行、映画は1993年に公開されたが、その発想の源泉として、1985年に公表されたPCRがあったようである。原作小説では、ジュラシック・パークでの事件が起きたのが1989年、InGen社が研究を行っていた、という設定となっている。また、時代背景設定として、バイオテクノロジーの新会社の設立ラッシュが起きていて、科学者が続々コンサルタントになり株を所有するようになった、と説明されている。

その映画公開と同じ1993年に、PCRの「発明者」として、マリスがノーベル化学賞を受賞する。マリスは、その著書『マリス博士の奇想天外な人生』で、PCRのアイデアを思いついたきっかけ(コンピューター・プログラミングの応用など)を述べており、惹きつける内容となっている。ところが、話は実験の初期段階で終わっており、その後の経緯には触れられていない。

この度、新装版としてお届けする、ラビノウ『PCRの誕生』では、シータス社の創立から買収されるまで、関係者のインタヴューにより、PCRの研究・開発の経緯が描かれている。

  • なぜ、このタイミングなのか。また、大学発ではなくベンチャー企業発なのか。
  • 特許か、研究業績か、どちらを優先するのか。
  • 会社の利益か、研究者の名誉か、どちらが大切なのか。
  • 「発明」に貢献したのは、マリスか、実験助手か、経営者か。

という視点から、文化人類学の手法により、科学社会学の研究対象として多面的に叙述する。ノンフィクションとしても興味深く、また研究書として客観性の高い、一冊となっている。

[参考文献]
マイクル・クライトン『ジュラシック・パーク 上・下』(酒井昭伸訳、早川書房1991、ハヤカワ文庫1993)
キャリー・マリス『マリス博士の奇想天外な人生』(福岡伸一訳、早川書房2000、ハヤカワ文庫2004)