みすず書房

世界中の鳥を、標本を元に描く。ただしそのために1羽の鳥も傷つけない

カトリーナ・ファン・グラウ『鳥類のデザイン』川上和人監訳 鍛原多惠子訳

2021年7月28日

世界中の鳥のイラストを、実際の標本を見て描く。
この途方もない試みが『鳥類のデザイン』に結実するまでの、著者とその友人や家族、愛鳥家たちの苦労を、著者はユーモアを込めて本書の謝辞で触れています。ここに謝辞を転載し、制作の舞台裏をご紹介します。

謝辞

カトリーナ・ファン・グラウ

この本の企画は25年前に始まり、こんな風に進んだ。最初の5年は、どんな作品になるだろうという淡い期待をもって地道な調査を進めた。次に、インスピレーションを得る一瞬が訪れた。そして、続く15年間は企画の素晴らしさをいろいろな人に訴えて回った。仕上げに非常に根気のいる作業を数年……。

出版社は、いつ来るか予想できない乗り合いバスのようなものだ。興味をもってくれるところが何年も出てこないと思うと、2社から続けざまにオファーがくる。今回がまさにそうだった。だから最初の謝辞は、この企画にはじめて目をとめてくれたラングフォード・プレスのイアン・ラングフォードに捧げたい。彼との交渉は残念ながら実を結ばなかったけれど。そしてもちろん、この企画に2番目に興味を抱いてくれたプリンストン大学出版局のロバート・カークには、心から感謝している。彼と思いがけず出会えた日は、とても幸せな1日だった。私を支援してくれた同大学出版局のすべての人にここでお礼を言うことはかなわないけれど、校閲編集者のジェニファー・バッカー、デザイナーのロレーヌ・ベッツ・ドネカー、制作担当編集者のマーク・ベリスにはとくに謝意を表したい。

この本の製作過程では、1羽の鳥も傷つけたり殺したりしていないことを述べておきたい。発見されやすい場所で自然に死んでくれた鳥たちの善意と、私のためにそんな鳥を集めてくれた大勢の人びとの善意のみに頼ってこの本を製作した。この幾分変わった企画に付き合ってくれた方々に感謝している。ケネス・ジェイムズ・ファーガソンは私のはじめてのパートナーだ。長い付き合いの中で、彼は不快な匂いや海鳥だらけの家にはめげなかったが、居間の床でハクチョウを見つけた1件のショックからは立ち直っていないのではないかと思う。デイヴ・バターフィールドは、スコットランドのハイランドで死んだ鳥を片っぱしから収集することを生涯の仕事にしてくれた。しかも彼は、「ご近所さんのパイ」というメモをつけて自宅の冷凍庫にそれらを保存してくれた。英国王立鳥類保護協会(RSPB)ハイランド支部のブライアン・エサリッジは、バターフィールドが入手できなかった種類の鳥の死体を提供してくれた。マーク・ダグデイルは、強烈な匂いを放つアフリカの沼に腰までつかり、腐敗しはじめたペリカンの死体を熱心に集めてくれた。デイヴィッド・ノーマンとイアン・ウォリスは、ダグデイルが採集したペリカンを合法的にイギリスにもち込むために大量の書類を処理してくれた。デイヴィッド・ボルトン、キース・グラント、ピーター・ポッツ、ジル・フォード、スー・ローは、その他の鳥の死体を提供してくれた。親切なルーシー・ギャレットからは、インド洋に浮かぶ孤島のお土産として死んでからだいぶ経ったネッタイチョウをいただいた。エイドリアン・スケレットは、死んだグンカンドリを見つけようとセーシェル諸島で力を尽くしてくれた。

いずれも剝製師であるノーマン・マッキャンチ、偉大なる故ドン・シャープ、バリー・ウィリアムズ、ジェイムズ・ディキンソン、そしてとくにバス・ペルディクは、とても親切に彼らが収集して冷凍保存していた多数の標本を譲ってくれた。バスは他にもさまざまな形での助力を惜しまなかった。彼は道具や資材を融通し、ヨハン・ビンクとともにたくさんの鳥の頭蓋骨の使用を許可してくれた。リチャード・スミス、ジョン・ゲイル、ジョージ・ベッカローニも頭蓋骨を使わせてくれた。バリーの子息のルーク・ウィリアムズは、小型の鳥の死骸をきれいな骨格にするのに自分の甲虫を使ってはどうかと申し出てくれた。ニュージーランドの剝製師ノエル・ハイドは、ちょうど私が必要としていた死んだばかりのキーウィを偶然にも所有していた。

ハンス・ブルテ、クレイグ・スタンベリー、タコ・ウェスターフイス、コリン・ロナルド、キーズ・フェアコルフ、テオ・ジューケンス、ハンス・リングナルダ、キャンベル・マーンなど、イギリス猛禽保護団体の愛鳥家、ハトの育種家、養鶏家、その他内外の鳥類飼育家も力を貸してくれた。グレートバスタード・グループのアル・ドーズとデイヴィッド・ウォーターズは、まだ水が滴っているような腐敗したノガンの入った袋を受け取り、教育目的で展示できるような立派な骨格標本にして返してくれた。しかも、私と夫をまるで王族のように丁重に扱ってくれた。私はダチョウの飼育家スコット・ディアソンのことがいまだに忘れられない。彼は、余分な部位があれば欲しいという私の依頼に、顔色ひとつ変えずに応じてくれた。それから、後で大変な騒ぎになる前に、ここで私の母にお礼を言っておきたい。母はこれらの鳥の多くを長年自宅の冷凍庫に保存し、冷凍庫が故障したときには近所の人に保存するよう頼んでくれた。私が頻繁に博物館に出かけているあいだ、愛犬フェザーの面倒もみてくれた。

他にも大勢の人が何かと力を貸してくれた。本書に掲載したイラストのうち2枚の原画を所有するマーティン・スピンクとジョナサン・イームズは、原画を額縁から外してスキャンすることを許してくれた。野生水生動物の画家デイヴィッド・ミラーは、どう報いればいいかわからないほど大量のウミスズメの水中写真を譲ってくれた。描き終えたイラストの数が写真より多くなるたびに、デイヴィッドの妻のリサが追加の写真を速達で送ってくれた。オックスフォード大学エドワードグレイ野外鳥類研究所の司書ソフィー・ウィルコックス、そしてトリング自然史博物館のアリソン・ハーディングにもお礼を言いたい。本の完成が近づくと「あとひと踏ん張り」と励ましてくれた大勢の同僚や友人にも感謝している。

イラストはすべて実際の標本を元に描いた。ときには写真を参考にすることもあったが、実物の代わりに写真だけで済ませたことは一度もない。できる限り、この本のために自宅で用意した骨格標本を見て描写した。そうすれば、骨が欠けていたり、鳥の姿勢が間違っていたりしたときにかならず気づくからだ。それでも、ときには博物館の骨格標本をお手本にしたこともあった。オックスフォード大学博物館のマルゴシア・ノウック・ケンプとケンブリッジ大学博物館のマット・ローは、収蔵品を見るために何度も通うことを許可し、いつでも歓迎してくれた。ブリュッセルのジョルジュ・ラングレンとパリのクリスティーン・ルフェーブル、トリング自然史博物館鳥類部門のジョー・クーパーと私の夫ハイン(以前、ナツラリス自然史博物館で鳥類および哺乳類の収蔵品マネジャーだった)にはとくにお礼を述べたい。

シカゴにあるフィールド自然史博物館のデイヴィッド・ウィラードは、貸出標本をいくつかイギリスに送ってくれた。ここでそのご助力に感謝を述べたい。ニューヨークにあるアメリカ自然史博物館のトム・トロンボーン、ポール・スウィート、ピーター・カペイノロ、マット・シェインリーは、標本の写真を提供してくれた。最後になったが、ハワイのバーニス・P・ビショップ博物館のケイトリン・エヴァンスに感謝している。オオハシモズの最後のイラストを描いていたせいで、あなたのハワイミツスイを逃してしまったことを許してほし
い。

どの本の陰にも連れ合いやパートナーのゆるぎない支えがあるものだ。家事を一手に引き受け、励まし、涙をぬぐい、作品についての議論と意見を果てしなく求められ、ストレスから来るわがままに耐え、自分の人生を二の次にして付き合ってくれる。私の夫ハイン・ファン・グラウは、このすべてをやってのけた。いや、そんな言葉では言い尽くせないほど献身的だった。もし、この本がただの書籍というだけではなく、素晴らしい本だと言われることがあるとしたら、それはすべてハインのおかげだ。この本は彼がいたからこそ完成することができた。ハインは骨格標本の作製を全部担当し、私が解説を書きイラストを描く時間をつくってくれた。骨格を煮て肉片を取り除き、どろどろの液体からノガンをより分けてくれたのも彼だ。50体に及ぼうかという骨格を美しく、生き生きとした、正確な姿勢に組み立ててくれた。鳥の羽毛を抜き、皮膚を剝ぎ、イラストに描きやすいようにワイヤーで正しい姿勢にセッティングしてくれた。この本に野生の鳥だけでなく飼い鳥も入れようと提案し、自分の知り合いや同僚に骨格の様子が知られていない珍しい鳥の標本を集めるように依頼してもくれた。

私たちは、あまり知られていない解剖学的特徴を自分たちの目で見つけては興奮を分かち合ったものだ。ハインがそばにいてくれたおかげで仕事は冒険になり、私は自分の目指すレベルをどこまでも引き上げることができた。

もし愛の苦しみと呼べる本があるとしたら、この本がまさにそうだ。これは、私の25年にわたるアイデアへの愛、私たち2人の鳥たちへの愛、そしてわが夫の私への愛の結晶なのだ。

イラスト
 イングリッシュ・ポーター(イエバト品種、Columba livia
 キソデボウシインコ(Amazona amazonica

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