みすず書房

「イントロダクション」(抜粋)ウェブ公開

J・コセフ『ネット企業はなぜ免責されるのか』小田嶋由美子訳 長島光一監修 [16日刊]

2021年6月10日

「私は、米国議会での任期中、インターネットを作るイニシアチブを取った」

1999年3月9日、CNNの番組で大統領選挙への出馬に向け準備中だった副大統領のアル・ゴアがこの発言をした。そして、この言葉が、翌年、ジョージ・W・ブッシュに選挙人数で敗北を喫する一因となったといわれている。
「アル・ゴアがインターネットを発明した」というフレーズは、深夜番組でたびたび冗談のネタになった(もっとも、ゴアは「発明した」ではなく「作った」といったのだが)。
政敵たちは、このCNNのインタビューは、ゴアが嘘つきである、あるいは少なくとも名人級の自己過大評価野郎である証拠だといい立てた。そもそも議会の一議員が、たった一人でどうやってインターネットを作れたのだろう?

しかし、2000年の選挙以降、歴史はゴアの味方についている。一部のコメンテイターは、ゴアが実際に1991年の法案を主導したと評価している。この法案は、新しいテクノロジーのための資金を調達し、国防総省が数十年かけて行ってきたネットワーク・コンピューターの技術開発に関して民間部門に参加機会を与えるものだ。
ゴアが、連邦議会はインターネット――少なくとも、今日私たちが知っているインターネット――を作る責任を担ったと示唆したとしても的外れとはいえまい。実際、さまざまなグループが集まる動的で悪意に満ちた公共スペースは、ひとつの連邦法のおかげで存在している。

ただし、その法律はゴアが作った草案から生まれたものではなかった。まったく別の連邦法に定められた次の26語が現代のインターネットを形成したのである。

No provider or user of an interactive computer service shall be treated as the publisher or speaker of any information provided by another information content provider.
(双方向コンピューター・サービスのプロバイダーまたはユーザーは、他の情報コンテンツ・プロバイダーにより提供された情報の公表者または発言者として扱われないものとする)

これは、1996年通信品位法の第230条の一部であり、意外な組み合わせの二人組――カリフォルニア州選出の共和党員クリス・コックスとオレゴン州選出の民主党員ロン・ワイデン――が書いたものである。
この26語は――ごく少数の例外はあるが――、「ウェブサイトおよびインターネット・サービス・プロバイダーは、そのユーザーや加入者が投稿するコメント、画像、動画について、それがいかに悪質で有害であったとしても、責任を負わないこと」を意味するようになる。サービス・プロバイダーは、ユーザー・コンテンツ〔ユーザーにより提供されるコンテンツ〕を編集または削除した場合も、この広範な免責の対象となる。

コックスとワイデンは、テクノロジー企業や公民権擁護団体と協力して、「品位法」と名づけられたこの法案で次のことを目指した。それは、アメリカ・オンラインやプロディジーといった初期のオンライン・サービスが、自主的に、ポルノ、下品なジョーク、暴力的なストーリーなど、子どもたちを害するようなメッセージや画像をモデレート〔監視/適正化〕できる環境作りだった。

230条は、1995年、ニューヨーク州ロングアイランドの州裁判所でプロディジー社にくだされた敗訴判決に対する迅速かつ直接的な反応の結果生まれた法律だった。
この訴訟では、1950年代にくだされた合衆国憲法修正第一条に関わる複雑に絡み合った先例に基づき、裁判官は、プロディジーがオンライン・コミュニティの方針を策定し、コンテンツの一部をモデレートしていたにもかかわらず、原告に対する名誉毀損的投稿を削除しなかったことを理由として、かかる投稿について責任があると判断した。
なお、プロディジーがその投稿の存在を知っていたかどうかは問題にしないとされた。プロディジーがユーザーの投稿にまったく干渉しないアプローチを採っていたら、修正第一条の保護対象となり訴えられることはなかったはずだ。

この訴訟の法廷意見が出されると、今後は訴訟を恐れてオンライン・サービス企業が家族向けガイドラインを定めなくなるのではという懸念の声があがった。
コックスとワイデンは、ユーザーがアップロードしたコンテンツに関する訴訟からすべてのオンライン・サービスを免責することで、企業各社が訴訟の不安なく基本的な行動規約を導入し、それぞれが不適切だと信じるコンテンツを削除する動きを促せるのではと期待した。

ただ、コックスとワイデンには絶対的な免責を与えたい別の理由があった。二人ともインターネットには新しい産業を創造する可能性があると信じていたのである。
(…)

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