みすず書房

美術史はニューロサイエンスと協働できるか?

小佐野重利『絵画は眼でなく脳で見る――神経科学による実験美術史』

2022年4月11日

美術史が次第に人類学や歴史学、社会学などに取り込まれつつある現状。
危機感をもった著者は美術史の独立性のためにも、科学との協働による「実験美術史」へと向かった。

美術作品そのものに密着し、問いかけ、真相を語りたがらない作品が生み出された経緯や謎を探ること、それが美術史の醍醐味だと思っている。作品そのものから離れ、遠心的に隣接人文社会学領域へ研究を広げるのは、作品研究のあるべき方向を見誤らせる恐れがある。
筆者なら、作品そのものに向けて求心的に接近する方法を選ぶ。その方法を試みるべきだと思い立って、10年近くになる。
本書は、その研究スタンスから美術作品に肉薄する方法を、美術と科学あるいは科学画像との親密性から説き起こし、分析化学、ひいてはニューロサイエンス(神経科学)との協働という観点から、ケース・スタディーのように解き明かす試みである。
(序章)

ミラーニューロンと体現的シミュレーション

フクロウが首をかしげるカレンダーがあった。
わたし(編集者)は見るたびに、かならずフクロウと同じ側に首をかしげる動作をとってしまう。
竪琴を奏でるアポロンに笛で音楽合戦を挑み、敗けて木にくくられ生きたまま皮剥きにされたサチュルスのマルシュアスの像や絵は、見るなり悲鳴を上げそうになる。
本書では、ミラーニューロンや体現的シミュレーションの発見から、造形美術のなかの登場人物の動き、ポーズ、顔に表現された情動を被験者に見せ、その反応を計測する試みを思い立ったとデイヴィッド・フリードバーグ(前ロンドン大学ウォーバーグ研究所長)らの研究を紹介している。

パルマの研究所のジャーコモ・リッツォラッティらによるサルの脳におけるミラーニューロンの発見は、ヒトのミラーニューロンの所在確認へと導いた(Rizzolatti, G. & Craighero, L. 2004) 。ミラーニューロンは、自ら行動する時にも、他の個体(ヒトあるいは霊長類)が行動するのを見ている状態でも、活動電位を発生させる神経細胞である。他の個体の行動を見て、まるで自身が同じ行動をとっているかのように、"鏡"のように反応することからミラーニューロンと名づけられた。他人がしていることを見て、自分のことのように感じる共感(エンパシー)能力をつかさどると考えられている。ヒトにおいては、下前頭回および上頭頂葉、さらにそれと強く接続する運動前野腹側部においてミラーニューロンと一致する脳の活動が観察されている。
(第4章)

たとえば、プラド美術館にあるロヒール・ファン・デル・ウェイデンの大きな感動的な《十字架降下》[1435年頃]。

ダマシオの「体現的シミュレーション」と「あたかも身体ループas-if body loop」の仮説によれば、観る者はある行為、あるいは体が引き込まれる劇的な情景、あるいは身体的な動きを暗示する情景を見て、本当にその情景に巻き込まれたときに賦活する体性感覚野や運動野の同じ部位を活動させながら、行為や情景に反応する。
この仮説が共感(エンパシー)の問題を再考するうえで新しい方途を提供してくれるのではないか。ある場面の登場人物の身体的な反応に関して観る者の身体が巻き込まれる問題は、描かれた人物の身振りが遂行する模倣――《十字架降下》の聖母マリアのくずおれる姿勢――によく見て取れる。
(第4章)

レオナルド・ダ・ヴィンチが左手でかいた素描と鏡文字

左右両方の手で描いたり書いたりしたというレオナルド。どちらの手を使ったか、高性能光学機器により筆致の判読ができるようになったら、どんなことが明らかになるだろう。

レオナルドの『絵画論』のなかの素描理論で特に有名なのが、構図上の着想をスケッチする際の迅速かつ粗放さを勧める文章(ヴァティカン図書館ウルビーノ写本f. 34r)である。「物語を粗描(スケッチ)するには迅速でなくてはならず、また人物の四肢もあまりに仕上げられていてはならない。ただ四肢の配置だけで満足しなさい。そうすれば暇なときに気に入る通りに、それを仕上げることができる」と(McMahon, A. Ph. 1956)。
同じことが、彼の脳裏に浮かんださまざまな着想を書き記した鏡文字による手稿にもいえよう。(中略)しかも、脳裏に浮かぶ着想は、瞬時に消え去る傾向がある。画家の書記行為は思いついた瞬間に脳裏から消え去る着想を迅速に書き留めることであった。このためには、すばやく書き記すことが必要であり、レオナルドにとっては左利きの利点を活かして右から左に、しかも字画を反転させて文字を綴ることは、より効率的であった(Zwijnenberg, R. 1999)。事実、彼の書記の内容は時には極めて簡潔な問いや他愛のない思いつきであり、また同じような内容が時を経て再び書き留められている。すなわち、自らのメモを「素早く」読み返し、その同じ論題を観察と実験を通して再考し、書きとめ、より真理に近づこうとするレオナルドの知性の営みが浮かび上がる。
(終章)

カラヴァッジョ、たくらむ画家

カラヴァッジョは絵画に挑戦的な仕掛けを仕組んでいた。
たとえばカラヴァッジョ《マタイの召命》。(本書カバー参照)
キリストに指さされ召命されたマタイはだれか。17世紀にカラヴァッジョの伝記を書いたベッローリでさえ、「金を勘定するのをやめ、片手を胸に宛ててキリストの方を振り向くのが聖マタイ」だとしている。
視線は明度の高いほうへまず向かうものだ。ところが近年、画面の左端で集金した金を自分に引き寄せる若者が召命にまだ気づいていないマタイなのだという説が有力である。

著者は「カラヴァッジョ絵画の美術史的、光学的な研究の成果を踏まえ、被験者の絵の見方を眼球運動計測(Eye tracking technique)から探り、同時に暗示的(潜在的な)動作を示す画中人物を見て被験者の脳内に惹起される運動や情動の反応をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)による脳機能イメージングによって計測する実験」を行う。
アイトラッカーは周波数100Hzで、100万分の1秒(10ミリ秒)ごとに眼球の動きのデータを習得できる。計測データを解析ソフト(Tobii Proラボ)にかけて被験者のサッカード(素早い動き)や固視(注視)の箇所および固視時間や回数を動画で収録する。
手はじめに、鳴門市の大塚国際美術館の協力を得て、カラヴァッジョ《マタイの召命》の実物大の複製絵画を来場者にアイトラッカーをつけて鑑賞してもらう実験を行った。計測時間は3分ほど。
途中で「この絵を最初どこから見ましたか」と質問すると、
「僕は絵画内の光を手掛りに右から見始めて、それから人物、まず一番強い光に照らされた画面中央の若者に視線を向けた」という答えが返ってきた。

実験が蓄積し、研究が進めば、カラヴァッジョのたくらみにも新たな光があたるだろう。
西洋美術と異なる技法や素材、伝統に立つ東洋美術に応用すれば、未曽有の発見があるはずだ。
本書の指し示す実験美術史の未来にやがてどんな成果が実るのか、楽しみである。