みすず書房

一進一退はつづく

ヘレン・ルイス『むずかしい女性が変えてきた――あたらしいフェミニズム史』田中恵理香訳

2022年5月23日

離婚、参政権、セックス、スポーツ、仕事、安全、恋愛、教育、時間、中絶。本書の章タイトルには、女性の生き方にとって重要なこの10項目が採用されている。この10項目がかかわる問題は、過去から現在に至るまで、多かれ少なかれ改善されてきたし、そのことで女性の立場は大きく変わってきた。本書は、そうした大切な変化に強くコミットしたイギリスの女性たちの記録をもとに記述されたものだ。存命の人物を取り上げている場合も多く、そうした人物には直接聞き取り調査を行っている。ちなみに不名誉な形ではあるものの、日本の話題も少しだけ登場する。

本書に登場する女性たちは、必ずしもフェミニストではない。フェミニストと名乗ることにためらいをもつ者や、主流のフェミニストたちになじめず袂を分かち、独自に活動した者もいる。フェミニストを自認する者同士でも、テーマによっては方向性を異にして相対立することはめずらしくないため、驚くことではないかもしれない。それでもみなに共通するのは、自分や自分と似た立場の女性にとっての不合理を変えるべく、時に冷静に、時になりふりかまわず行動を起こしたことだった。


ところで、冒頭にあげた10項目のうち「中絶」の話題は、昨今の米国における人工妊娠中絶を取り巻く状況を考えるヒントになるだろう。米国の連邦最高裁はかつて、人工妊娠中絶を州法で禁止するのは違憲である、という判決(ロー 対 ウェイド判決)を出した。女性史において画期的と言えるこの判決が、覆る可能性がある。そんなニュースが今年五月頭に流れ、世界じゅうを驚かせた。

本書第10章では、2018年5月にアイルランドで行われた、人工妊娠中絶を禁止する憲法修正第八条の改正可否をめぐる住民投票の様子をはじめ、人工妊娠中絶にかかわることを詳しく取り上げている。そこでは、人工妊娠中絶を禁止する憲法のために手術を受けられず、命を落とした一人の女性のことに触れている。加えて、明確な命の危険こそないものの、さまざまな事情で出産することができない女性もいる。そうした女性は、住んでいる国で中絶が禁止されている場合、中絶が合法な国へ移動して手術を受ける必要がある。しかしこれは、妊婦やそのパートナーにとって肉体的にも精神的にも決して些細な負担ではない。人工妊娠中絶が禁止されていることで生じるこうした不合理の実例が、本書にはっきりと記述されている。


アイルランドの住民投票では、賛成多数で「中絶禁止」の憲法は廃止されることとなった。それから4年が経ったいま、米国でこれに逆行するような動きがある。こうした事情を見るにつけ、女性の立ち位置をめぐる歴史はいまだに一進一退で、これからも続いていくことを実感する。