みすず書房

宮﨑かづゑ『私は一本の木』

2016.02.10

瑞々しい文章が各紙誌で絶賛された第一作『長い道』に続く、宮﨑かづゑ第二作品集『私は一本の木』。
所収54篇のなかから1篇をここにご紹介します。

ある夕方、何をつくっていたのかはおぼえていないけれど、キッチンで夢中になって食事ごしらえをしていた。
少し前から家の裏で夫の「おい、おい」という声がしていたけれど、何しろガスには小鍋がかかっているし、蛇口から水を出しているし、まな板の上ではゴトゴト音を立て続けていたので、その「おい、おい」と言うのを軽く聞き流していた。
すると、しばらくして今度は引き戸を開けて、
「おい!」
と、力のこもった声で言う。返事はしていたけれど、なおもその場を離れる気持ちがなかったのでそのまま続けていたら、体を半分入れて、
「おい!」
と、今度は渋い声で言う。
とうとう仕方なく、とにかくガスを止め、蛇口を閉め、手を拭きながら土間に下りる。心のうちでは(忙しいときに)という気持ちだった。
夫の大きなつっかけに足を入れ、引きずって戸のそばまで行って、「何?」と言おうとして片足だけ外にのりだした。すると、何気なしに見えた物置とわが家の庇のあいだの空が、明るめの小豆色に染まっているのを見て、あら、と思って今度は体ごとのりだして見上げた。
物置と庇のあいだの細長い空は、右を見ても左を見ても全てが明るいムラのない夕焼け空で、ああ、とは思いながら、向こうで待っている夫に、つっかけを引きずりながら何とか近寄って「何?」と言おうとして、西の空のあまりにも真っ赤な夕焼けにやはり、ああ、と思った。
すると待っていた夫は「さっきはもっと赤かったんだ」と、少しだけ残念そうな言い方をしたので、
(ああ、さっきから呼んでいたのはこれを見せたかったんだ)
はじめて気がつき、広い空を見上げた。
どちらを向いてもムラがない。全ての空が真っ赤。こういうことってあるんだろうか。
「広いねえ」と言うと、夫はただ「うん」とうなずいた。
西の空はほんとうに黄金色で、あとは全て空は赤く染まっていた。
(ほんとうにこんなことってあるんだろうか)
そう思いなからあちらもこちらも見渡し、それからしばらくふたりして、ゆっくりゆっくり沈んでいく太陽を眺めた。 「きれいだねえ」と私が言うと、夫はまた「うん」とうなずいた。
これを見せたかったのに、私は狭いキッチンの中だけに気をとられて、と少しばかり自分を笑った。
そしてそれからも、時折呼びだされて素晴らしい西空を見た。そのとき、そのときに、ゆっくりゆっくり沈む太陽と、その周りの輝かしいこと。
家の外まわりをいつも動きまわっている夫はもっと何度も見ていて、たまにこうして私を引っ張りだしたけれど、つい夕食の支度に気をとられてしまって無感動な自分が、ちょっとばかり嫌になったりした。
いつもなかなか部屋に上がってこない夫に私は「早く早く。手を洗って」と言い続ける。こういうことがあるんだもの、あまり急き立ててばかりではいけないなとこのとき思った。
それから一年かそこらあたり、今度は食事の後片づけをしていた。これもやっぱり気をとられて、そこらあたりを拭いたり片づけたり派手に物音を立てていたら、土間のところから夫が「おい、ちょっと出てこい」と言う。たぶん八時台だったと思う。
「何?」、私は顔も上げずに「何?」「何?」を繰り返す。
「ちょっと出てこい」とまた言う。
(ちょっと出てこいと言うたって)というのが私の心の内。けれどその「ちょっと出てこい」というのにとうとう引っ張られて、またまた大きな夫のつっかけについ足を突っ込んでしまう。
歩きにくい。危ない。
ゆっくりゆっくり引きずって、横の広場に出て夫を探し、家の前のほうに立っていた夫のそばに行ったら、「ほら」と言う。
雲ひとつないきれいな夜空に、丸い大きなお月様が一個、ぽかっと浮いているようであった。付け加えて言うなら、あったと思う
私が見上げた夜空はやや滲んで、トランプのカードのように、金色のお皿が六、七枚、パラパラッと末広がりに並んで見える。けれど夫はそれを知らない。
でもきっと、長島の上空に浮かぶお月様は素晴らしいに違いない。夫の後ろで私は危なげな足を踏み直してゆっくりわざと「うーん」と声を出した。
向こうへむいたなり、そうであろうというような言い方で、
「な」
と言ったきり空を見上げて感心している夫。
その様子を見て少しだけおかしかったけれど、見せたい気持ちはよくわかったので、もう一度、六枚だか七枚だかに次々と変化するお月様をそれとなく見上げながら「うん、うん」と私はうなる。
満足そうに夜空を見上げている夫に、見えていることは見えているんだから、目の様子がおかしいとは言わないでおこうと思った。
秋の満月の夜はさぞかし素晴らしいだろうな、心からそう思って何も言わないでいっしょに立っていた。
とにかく夕焼けと夜空が好きな夫である。

copyright Miyazaki Kazue 2016
(著者のご同意を得て転載しています)

本書『私は一本の木』について

著者は1928(昭和3)年、岡山県に生まれた。幼少期にハンセン病を発症し、1938(昭和13)年、十歳のときに国立療養所長島愛生園(1931〔昭和6〕年開園)に入園。以後その地で暮らす。八十歳ごろから子供時代の思い出や長島での暮らし、日々の出来事を表現することを始め、『愛生』(長島愛生園機関誌、1931年創刊)に発表する。その人生は、第一作『長い道』(みすず書房、2012年)に詳しい。(本書前付頁より)