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2018.05.11トピックス

ついに念願の復刊。軽快な造本で 『クレーの日記』

ヴォルフガング・ケルステン編 高橋文子訳

「ひとつの目が見て、もうひとつの目が感じる」(『クレーの日記』937番)。
これは、本書の「第三の日記」1914年にクレーが書いた、クレー自身のことだ。この度の新装版の函になった眼光鋭いクレーのポートレイトは、まさしくそんなクレーの顔を捉えている。このポートレイトを撮ったのは、ロシア人の女性作家で若いクレーの友人だったエリアスベルク。エリアスベルクって誰? と思われたら、本書の巻末にある詳細な「索引」の人名で当たってみてほしい。人名の項目には、簡単な紹介文も付いている。

* * *

1921年、クレーはバウハウスの教員になる。静的だが奥行のあるまなざし、全体にミステリアスな雰囲気のクレーは、学生たちから「バウハウスのブッダ」とニックネームをつけられたという。バウハウスでの講義の手稿も、「日記」と同様クレーの死後、『造形思考』や『教育スケッチブック』『造形理論ノート』などの本として刊行された。その講義のユニークなレトリックは、クールな表情の内側で、眼で捉えたものに独自の分析的(?)な思考をあてはめる日記のなかのクレーだ。

例えば、ある日の講義録――:

――デパート内での光景。
客:店員さん、この品物をバケツ1杯ください!
店員:100マルクです。
客:それでは、この別の品物をバケツ1杯ください!
店員:200マルクです。
客:なぜ2倍も高いんですか?
【ここまではちょうど「線」の領分にあたる。】
店員:この別の品物は目方が倍もあるからです。
(客は納得して代金を支払う)
客:それでは店員さん、同じ重さの第三の、さらに別の品物をください!
店員:(それを量って)値段は400マルクです。
客:なぜ2倍も高いんですか?
【ここまではちょうど「色調」(明暗)の領分にあたる。】
店員:この第三の品物は2倍も良い品物だからです。(遥かに味がいいし、ずっと需要が多いし、ずっと素敵)
客:……(決しかねている)
【ここがちょうど「色彩」の領分にあたる。】(クレー『造形理論ノート』より)

このようなものとして表されるクレーの「色彩」を読むと、日記の中の有名な言葉、「色彩は私を永遠に捉えた、私にはそれがわかる。この至福の時が意味するのは、私と色彩とはひとつだということ。私は、画家だということ。」(1914年)のチュニジアの景色が、教壇に立つクレーの無意識に蘇っていたのではないかと想像してしまう。遥かにいいし、ずっと素敵――そういう感情が湧き立つものとしての色彩、チュニジアの景色!

* * *

父親が音楽教師、母親が声楽家のもとに生れたクレーは、日記のなかで、ヴァイオリンで生きようか、それとも声楽家になろうか、それとも詩人?など、(こんなに自分が絵がうまいことを知らず、)いろいろな表現に手を出し真剣に悩んでいる。画家になってからも、「私の才能は、まず第一にフォルムに向いている。この自覚をもって歩き出そう。」(139番)と言っていたかと思うと色彩に目覚め、「多分、人生の実りの時期に、もう一度言葉を手段とするかもしれない。」(93番)の言葉通り、言葉への想いも抱きつづけている。画風も題材も多様、完成した絵を切り刻んで別の作品に仕上げたり……クレーの絵が大好きだし知りたいと思っても、どこまでいってもミステリアスだ。

2009年の『新版 クレーの日記』を刊行してから約10年、初版がなくなり、いつからか担当編集者として念願となっていた復刊を、ついに叶えることができた。
新しい、私たちの言葉で訳された『クレーの日記』のなかのクレーは饒舌に、未来の読者に向けて自分を語ろうとしている。軽快な造本を心がけたこの新装版で「日記」を読み込む人が一人でも増えてくれることを願っている。

『クレーの日記』表紙(ビニールクロス装)


『クレーの日記』ケルステン編 高橋文子訳(みすず書房)函



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