みすず書房

P・ヘガティ『ノイズ/ミュージック』

歴史・方法・思想 ルッソロからゼロ年代まで 若尾裕・嶋田久美訳

2014.04.28

「訳者あとがき」より

若尾裕

(このウェブサイト「トピックス」用に編集されています)

本書は簡単に言えば、「ノイズ・ミュージック」と呼ばれているものについての書です。しかしながらノイズ・ミュージックについての概説書かといえば、やや異なります。音楽とノイズとの間の関係性について、これまでになく広いジャンルを横断しながら、主として現代思想を参照しながら論じたものです。一般的な概説書と異なるところは、著者も断わっているように、その姿勢ゆえ取り上げているアーティストや音楽の網羅の徹底を主眼とはしていないところや、その評価も一般とはちょっと異なる点があるところでしょうか。……本書は「ノイズ」の多い音楽のための、これまでにないスリリングなガイドブックとしても、読むことができます。

著者のポール・ヘガティ氏は、アイルランド第二の都市コーク(Cork)にあるユニヴァーシティ・カレッジ・コーク(UCC)の言語・文学・文化学部で現代哲学や現代芸術について教え、自身もオーディオアートやビデオアートのライヴやインスタレーションを手がけており、ノイズ・バンド活動を行いながら、レーベルも運営しています。本書刊行後、ノイズの哲学についての編著(Reverberations :The Philosophy, Aesthetics and Politics of Noise, Continuum, 2012)も出版しています。

具体的に論じられている音楽ジャンルをざっとあげてみると、ロック、パンク、プログレ、メタル、インダストリアル、ヒップホップ、フリージャズ、フリー・インプロヴィゼーション、現代音楽、サウンド・アートなどです。これを見るとどちらかというとポピュラー音楽側に区分されるロックやパンクなどと、シリアスな音楽側に区分される現代音楽やサウンド・アートなどが一堂に論じられていることが分かります。私にはこの点が本書を、類書を見ないユニークで魅力的なものにしているように思えます。

そしてそれらを論じるために動員された思想家や哲学者をあげてみますと、アドルノ、アガンベン、アルトー、バルト、バタイユ、ボードリヤール、ドゥルーズ、デリダ、フーコー、ハイデッガー、クリステヴァ、マクルーハンなどです。

ノイズ・ミュージックというものは、厳密に言えばジャンルとしてそれほど明確であるわけではありませんし、ノイズというものも概念として明確ではありませんから、本書ではまず第1章で、そのへんから議論を始めています。その後12の章が続きますが、それぞれのタイトルは「テクノロジー」というような概念だったり、「メルツバウ」のような個人のプロジェクト名だったり、「サウンド・アート」というようなジャンル名だったり、まちまちです。それらは、それぞれの章のキーワードや切り口で、章はそのワードを中心に、ノイズと音楽の関連を論じるという構成法が取られています。

特徴的なのは、全13章のなかの二章(第9章「ジャパノイズ」と第10章「メルツバウ」)で、日本のノイズ音楽について大きく取り上げているところです。もちろん日本人アーティストのノイズ音楽は世界的に高い評価を得ているのは、多くが認めるところでしょうが、それでも著者のこの高評価ぶりは特筆ものと言えましょう。いえ、それどころか、日本のノイズ音楽を、さまざまなノイズ音楽の最終的な到達点として、さらに新たなノイズ論の参照点としてまで論じていて、訳していてなんだか誇らしい気分にさえなりました。しかしながら、当のわが国ではこういったアーティストがまったく評価されず、多くが厳しい生活を強いられていることを考えますと、その落差にとても驚いてしまいます。……ノイズはマンガと並んで世界でトップに位置づけられている日本の文化である、と論じる日本の文化人も、もう少しいてもよいのではないでしょうか。ちなみに著者が触れている日本人アーティストを挙げてみましょう。

Koji Asano(コージ・アサノ)、Aube(中島昭文)、ボアダムス、遠藤一元、山塚アイ、不失者、灰野敬二、非常階段、池田亮司、K2(草深公秀)、川端一、マゾンナ、メルツバウ、イクエ・モリ、MSBR、向井千恵、大友良英、Sachiko M、鈴木昭男、ダモ鈴木、高柳昌行、インキャパシタンツ、内橋和久、CCCC、ZENI GEVA、アシッド・マザーズ・テンプル、ルインズ、ハイライズ、ムジカトランソニック、KK NULL、So Takahashi(ソウ・タカハシ)……

copyright Wakao Yu 2014
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