みすず書房

近代西洋に一筋縄ではいかぬ疑問を突き付ける

M・シュクリュ・ハーニオール『文明史から見たトルコ革命――アタテュルクの知的形成』新井政美監訳 柿﨑正樹訳

2020年3月 4日

トルコはヨーロッパとアジアの文字どおり狭間に位置している。それが西側の狭間とすると、東側の狭間、欧米とひとくくりにされるアメリカとアジアの間に、私たちの国がある。
19世紀中葉以降の外因によって旧体制が揺すぶられ、西洋を範にした近代国家を急造した歴史を持つトルコと日本。この両国の対比は、本書を読んでいて念頭から離れなかった。比較のための比較にはあまり意味がないが、それぞれの国の新生の歴史を自国視点からではなく、境遇の似た別の事例との対比で考えることは、全く立場の違う国の変革(フランス革命など)との比較やグローバルヒストリーのなかで考えるのとも違う、何か新鮮な、今まで欠けていた次元を拓いてくれるのではないか。そのような期待を抱きつつ編集作業を終えた。本書の著者も、折に触れて日本の歴史に触れている。しかし、さきほど「期待」と書いたように、その新しい次元については、何か具体的で決定的な姿形が見えているわけではない。近代国家というものが何なのか、民主主義とは何なのかを再考させられるところまで及びそうな気がするので、姿形が見えないのはもどかしい。

とはいえ本書は日土比較が目的の本ではなく、トルコ建国の父ケマル・アタテュルクの一種の評伝である。ただし偉人伝のようなものではなく、その建国思想がいかに形成されたか、西洋からどのような知識上の(intellectual)影響を受けたのかをたどったIntellectual Biography(原書副題)である。600年も君臨したイスラム帝国オスマンから、近代西洋の科学主義、世俗主義、理性崇拝にもとづく近代国民国家への移行をひとりで主導したこの人物は、本国トルコでは神格化されてしまっていて、実像を描くことが難しい。アメリカのプリンストン大学で教鞭を執るトルコ人研究者がその空隙を埋めたのが本書であり、アメリカでの刊行後、ドイツ語、中国語、ペルシャ語、フランス語、ウクライナ語に翻訳された。

こうして描かれたアタテュルク像は、監訳者の新井政美先生の言葉によれば、「近代西洋というものに裏から光をあてている」。つまり、啓蒙主義を生んだヨーロッパは、その理念の実現や制度化においては多くの矛盾を抱えているが、一方でその理念をいわば「真に受けて」後発近代国家として発足したトルコ共和国は、ひとつの「壮大な社会実験」だったのではないか、そして近代西洋というものに一筋縄ではいかぬ疑問を突き付けているのではないか、というのである。本書を読み進むにつれて、ひしひしと刺さってくる指摘である。