みすず書房

矢内原伊作は父忠雄の伝記を没後12年を経て執筆しはじめた。その動機は〈欠点を含むその人間の全体を理解し、彼が真理のために戦った戦いを我々もまた戦うためである〉と記されている。まことに矢内原忠雄はひたすら一筋の道を風に抗して独り歩んだ。その歩みの内面的消息を、著者は主人公に対する深い共感をもって、我々の前に明らかにしてくれる。
矢内原忠雄はすぐれた経済学者、大学人、無教会キリスト者であった。そして、内村鑑三、新渡戸稲造を継ぐ人であった。その学問、教育、伝道の多方面にわたる活動、戦時下の苦難、戦後復帰してからの活躍、これらの外的事実についてはよく知られるところである。しかしここで著者が描こうとするのは、何よりもその〈母胎になっている、彼の人間そのものの形成〉である。《朝日ジャーナル》に連載され未完に終わったこの伝記は、矢内原の69年の生涯のうち誕生から40歳までを描くが、著者の意図は見事に達成されているといえよう。
未公開の日記・詩歌・写真をも多数引用して構成されたこの伝記は、一人の思想家の内面のドラマであるとともに、彼をめぐる人々——川西実三、河合栄治郎、三谷隆信、倉田百三ら——の青春群像である。〈矢内原忠雄に関心を持つ者には彼の重要な伝記として、矢内原伊作に関心を持つ者には彼の主要な著作として、永く読み継がれることであろう〉(あとがき、より)

目次

序章
1 墓について/2 書斎にて/3 伝記について

第一章 幼少年時代
1 家系/2 父母/3 生家・祖母・小学校/4 神戸中学校/5 修養/6 長所と短所/7 家庭/8 家庭(続)/9 暑中休暇/10 親友/11 校風主義者/12 志望/13 初恋/14 一高入学

第二章 青年時代
1 南寮一〇番/2 新渡戸校長/3 『謀叛論』/4 河合栄治郎/5 一高基督教青年会/6 東寮一六番/7 師・内村鑑三/8 内村ルツ子の死/9 母の死/10 満州の旅/11 母の一周忌/12 新渡戸校長送別/13 一高卒業/14 親友の死/15 父の死/16 大学生活/17 安息日/18 戸主代理/19 柏会/20 職業の選択/21 帰去来/22 就職

第三章 新居浜時代・留学時代
1 結婚/2 別子銅山/3 新家庭/4 伝道の練習時代/5 イギリス/6 ドイツ/7 死の蔭の谷

第四章 研究室時代
1 再婚/2 植民政策研究/3 台湾/4 宗教と学問/5 学問と政治/6 預言者の死/7 『藤井武全集』刊行/8 満州事変/9 国家至上主義批判/10 家庭集会

付録
矢内原忠雄が大学を去った日
わが友 わが父(座談会 矢内原伊作・川西実三・三谷隆信)
矢内原忠雄略年譜

あとがき(川西進)
編集部注