みすず書房

狩野直喜が京都帝国大学で「春秋公羊伝」の講義を開始したのは、明治44年9月、辛亥革命の勃発前夜、清朝最後の年、最後の月のことであった。「左氏伝」については大正2年に開講された。公羊学・左伝学が改革・革命思想の中核をなしたことを思えば、この春秋講義は、まさに経学史上、最も波乱に富んだ最終局面を背景に講ぜられたことになる。
もとより、そうした同時代的関心に出るのみでなく、「春秋」はそれを超えて、著者の生涯を通じての学的関心事であった。それゆえ「春秋」の三伝、左伝・公羊・穀梁の全てに精通した該博な知識をもっての講義は、これらの解釈の成立と性格を比較解明して、比類がない。ことに「事」を主にする左伝に対し、「義(意味)」を主とする公羊については、その研究が乏しいだけに、著者もひときは力を注ぎ、極めて貴重である。
家蔵の草稿より起こし印に付されてきた、著者の京都大学における一連の講義は、本書をもって、全て終える。(解説・島田虔次)