チューリング・マン
TURING’S MAN
西暦2000年までに、コンピュータは人間の知能を完全に模倣し、機械か人間か容易に見分けのつかないものになるだろう――とアラン・チューリングは半世紀前に予言した。われわれは今、歴史の新たな段階の入口にいる。それは電子技術が文化を規定する時代であり、人間の心が一個の情報処理装置と見なされる時代である。
ともすれば拒絶あるいは礼賛に偏りがちなこの問題に対して、本書はもっとも基本的な視角を提供する。西洋古典学を専攻する学究であると同時にコンピュータ・サイエンスに深く関わりつづけている著者は、むしろ堅実ともいえる手法でこの変化の特質を描き出し、伝統的な人文科学と先端技術者の仕事の間にある溝に橋を架けようと試みた。すなわち、ギリシア以来の各文化を特徴づけた技術とそれを担った人間の時間、空間、言語、記憶、創造性などについての考え方の変遷を振り返り、地方、コンピュータ自体がもつ論理をていねいに解説しながらその歴史的位置を明確にしていく方法である。
無限の進歩を確信した近代のデカルト型人間像と、「チューリング型人間」の違いはどこにあるのだろうか。コンピュータが身近なものとなることによって、われわれは何を失い、どのような可能性を得ようとしているのか。いずれにしても、プログラマのみが将来に責任を負っているのでないことはたしかであろう。
「チューリング・マン」の著訳者:
- ジェイ・デイヴィッド・ボルター
- Jay David Bolter
- ノースカロライナ大学古典学科助教授を経て、現在、ジョージア工科大学教授。「文学・コミュニケーション・文化」ならびにコンピュータ科学の両部門でコンピュータの社会的文化的インパクトについて講義する一方、マルチメディア・システムなどの共同研究に従事、エール大学コンピュータ科学科ほか多くの大学で客員教授を務める。本書につづく著書に『ライティング スペース』(1991、邦訳 黒崎政男他訳、産業図書、1994)がある。
- ※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
- 土屋俊
- つちや・しゅん
- 1952年東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。同大学院博士課程哲学専攻単位取得退学。現在、千葉大学文学部行動科学科教授。著書『心の科学は可能か』(東京大学出版会、1986)『AI事典』(共編、ユー・ピー・ユー、1988)『ウィトゲンシュタイン以後』(共編、東京大学出版会、1991)など。訳書 ホフスタッター/デネット『マインズ・アイ』(共訳、TBSブリタニカ、1983、1992)ポズナー『認知科学の基礎』1~4(共訳、産業図書、1991)サール『心・脳・科学』(岩波書店、1993)など。
- ※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
- 山口人生
- やまぐち・じんせい
- 1951年高知県生まれ。東京大学理学部数学科卒業。同理系大学院科学史・科学基礎論専攻単位取得退学。アメリカ、イリノイ大学数学博士課程修了。Ph.D.現在、神奈川大学理学部情報科学科専任講師。主論文 The Classification and Boundary Problem,Proceedings of LPC’89,in Springer Lecture Notes in AI series 485,23-37(1991)。Boolean-valud F-completeness of LIFE-III,LPC’91,151-190(1991)。Approximate Reasoning and Relativized Completeness,Proceedings of PRICAL’92,904-909(1992)。その他二十数編。
- ※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
この本の関連書
「チューリング・マン」の画像:
「チューリング・マン」の書籍情報:
- 四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/432頁
- 定価 5,040円(本体4,800円)
- ISBN 4-622-03954-0 C1040
- 1995年5月18日発行
この本を購入する
<在庫僅少です>
お問い合わせください