「みすず書房」ページ内リンク

  1. 「メインメニュー」へ移動
  2. 「みすず書房の本の検索メニュー」へ移動
  3. 「本文」へ移動
  4. 「サイト利用ガイド」へ移動



メイ・サートン・コレクション

今かくあれども

AS WE ARE NOW


老人ホームに入れられた日から、カーロの“最後の大旅行”がはじまった。「肉体は衰えても、凛とした精神を持ちつづけよう」。それは、ホームのできごとに一喜一憂し、抵抗し、奮戦する旅だ。しかし衰えは、確実にやってくる。そしてある日、ホームの友人の無念の死。彼女のうちに、いつしか怒りが燃えて、退屈に流れていた時間が疾走しはじめる。窓の外は、待ちかねた雪だ……。

老境という、知らないことばの語られる異国から、人間の尊厳をもとめる熱い思いが伝わる。これは「文明社会の姥捨山を、老人の目で直視した、いわば老人の人権宣言だ。カーロはどこの老人ホームにもいるだろう。だからこれは、あなたの物語でも、私の物語でもあるかもしれない」(訳者)。

名作『独り居の日記』につづいて、1973年に発表された、小説の最高傑作。サートンの文学は、社会学もノンフィクションも描ききれなかった「老いること」の姿を、深い共感とともに語ってくれるだろう。


「今かくあれども」の著訳者:

メイ・サートン
May Sarton
1912年ベルギーに生まれる。4歳のとき父母とともにアメリカに亡命、マサチューセッツ州ケンブリッジで成人する。一時劇団を主宰したが、1938年に最初の詩集を出版した後は著述に専念する。小説家・詩人であり、日記、自伝的作品も多い。1995年歿。おもな作品は、日記『独り居の日記』『海辺の家』『回復まで』、エッセイ『夢見つつ深く植えよ』『私は不死鳥を見た』、小説『今かくあれども』『ミセス・スティーヴンズは人魚の歌を聞く』『総決算のとき』、そして『猫の紳士の物語』、詩集『一日一日が旅だから』などで、いずれも〈メイ・サートン・コレクション〉に収められている。ほかにAt Eighty Two: A Journal(1996)などがある。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
武田尚子
たけだ・なおこ
Naoko Takeda Yarin。岡山県に生まれる。津田塾大学英文科卒業。翻訳家。アメリカ在住。訳書 モリス『テレビと子供たち』(1972)、デニスン『学校ってなんだ』(1977)、ブルーメンフェルド『ジェニーの日記』(1984)、シルバーマン『アメリカのユダヤ人』(1988)、リフトン『子供たちの王様――コルチャック物語』(1991、いずれもサイマル出版会)、サートン『独り居の日記』(1991)、『今かくあれども』(1995)、『夢見つつ深く植えよ』(1996)、『猫の紳士の物語』(1996)、『私は不死鳥を見た』(1998)、『海辺の家』(1999、いずれもみすず書房)ほか。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

この本の関連書


「今かくあれども」の画像:

今かくあれども

「今かくあれども」の書籍情報:

四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/168頁
定価 2,100円(本体2,000円)
ISBN 4-622-04590-7 C0098
1995年2月7日発行

この本を購入する