みすず書房

〈さっきから私にはなぜとなく、ほんとうはいまここで私ではなく賢治こそヘッセと向きあって話すにふさわしいという思いが、しきりと頭をかすめるのだった。二人は私にとってあまりにも遠い星辰であるけれども、ひときわ強い光芒で私の泥沼を、錯誤を照らしだす。私が人生や仕事の途上でしどろもどろに迷うとき、私は彼らの光によって咽喉をうるおし、私の磁極を、行くえを見改める。〉

本書は、宮澤賢治、ヘルマン・ヘッセ、片山敏彦についてのエッセイを収める。書名はヘッセの次の言葉からとられている。《世界とその神秘の深さは、雲の黒ずんでいるところにはない。深さは澄んだ明るさの中にあるのだ。》深く見ることによって世界の神秘に触れること、そしてそのようにものを見つつ詩的に生きた人々の肖像が、澄明な言葉で描き出される。巻末には「筆略年譜」が付されるが、これもまた一作品とよぶにふさわしい感銘を読後にのこす。

詩人・宇佐見英治は本書によって第7回宮澤賢治賞を受賞した。

目次

I
明るさの神秘——宮澤賢治とヘルマン・ヘッセ
童話と心象スケッチ
グスコーブドリの伝記
雲と石——宮澤賢治のこと
悲光
空林日乗

II
純粋の眼

III
光への旅の風光
片山敏彦訳『カロッサ詩集』について
聖性と知性
ロラン・片山・ヘッセ

IV
中江兆民を憶う
兆民『三酔人経綸問答』を読む
我レ生ルルコト千歳晩シ——斎藤磯雄と師・阿藤伯海

V
『らきら山荘』アルバム
半夏粧——志村ふくみさんへの手紙
ひなげしの花の絵——加藤忠哉追悼
眠りの内と外——小栗康平「眠る男」に
作者の叡智と愛——羽田澄子「安心して老いるために」を観て
秋篠寺の伎芸天

自筆略年譜
あとがき
初出一覧
附録 栞(小尾俊人/大重徳洋/小平範男)
覆刻追記

編集者からひとこと

この本はもともと1996年9月、岩手県水沢の小平林檎園から出版されました。本書はその〈覆刻〉なのです。
そのことは巻末の「覆刻追記」に、著者の手でしるされています。

「私は多年本は出版社から出るものだと思っていた。しかし自著とはいえ、どんな出版社の刊本にも劣らぬ見事な出来栄の本書を見るとそういう観念が揺らいだ」

本書には、もと小平林檎園版に挟み込まれた栞の文章を附録として収めます。本のつくりは、柚木沙弥郎氏のカバー装画を含めて小平林檎園版の趣そのままです。