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メイ・サートン・コレクション

私は不死鳥を見た

自伝のためのスケッチ

I KNEW A PHOENIX


『独り居の日記』の内省的なイメージから一転して、メイ・サートン25歳までの回想――溌剌とした幼女、反抗的なティーンエージャー、果ては劇団を主宰し、ブロードウェーを夢見て奔走する美しいメイが登場する。

場所は生地ベルギーの田舎家から、第一次大戦のために亡命したアメリカ、そしてまたヨーロッパへ。時代はまさに今世紀の曙から戦間期まで。誰もが人間の可能性を信じ、社会主義がアメリカの高校生にも夢をあたえた時代だった。

またこの時期は、メイの父親、ベルギーの青年ジョージ・サートンに、ハーヴァード大学が無条件で研究室と研究費をあたえた寛大な時代だった。メイも同じ地で実験的な教育を受け、両親の反対を押して女優になり、劇団の運営に行き詰って、ついに作家としての自覚に到達する。

各章を彩る「けた外れ」の人物たちも魅力的だ。ちょっとした変人ぶりをみせる偉大な学者の父親はもとより、ヴァージニア・ウルフからジュリアン・ハクスレーまで。多くの出会いをへて、「不死鳥」がしだいにメイのシンボルマークになっていく。冒険と挫折にみちた、すがすがしい自己発見の記だ。


「私は不死鳥を見た」の著訳者:

メイ・サートン
May Sarton
1912年ベルギーに生まれる。4歳のとき父母とともにアメリカに亡命、マサチューセッツ州ケンブリッジで成人する。一時劇団を主宰したが、1938年に最初の詩集を出版した後は著述に専念する。小説家・詩人であり、日記、自伝的作品も多い。1995年歿。おもな作品は、日記『独り居の日記』『海辺の家』『回復まで』、エッセイ『夢見つつ深く植えよ』『私は不死鳥を見た』、小説『今かくあれども』『ミセス・スティーヴンズは人魚の歌を聞く』『総決算のとき』、そして『猫の紳士の物語』、詩集『一日一日が旅だから』などで、いずれも〈メイ・サートン・コレクション〉に収められている。ほかにAt Eighty Two: A Journal(1996)などがある。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
武田尚子
たけだ・なおこ
Naoko Takeda Yarin。岡山県に生まれる。津田塾大学英文科卒業。翻訳家。アメリカ在住。訳書 モリス『テレビと子供たち』(1972)、デニスン『学校ってなんだ』(1977)、ブルーメンフェルド『ジェニーの日記』(1984)、シルバーマン『アメリカのユダヤ人』(1988)、リフトン『子供たちの王様――コルチャック物語』(1991、いずれもサイマル出版会)、サートン『独り居の日記』(1991)、『今かくあれども』(1995)、『夢見つつ深く植えよ』(1996)、『猫の紳士の物語』(1996)、『私は不死鳥を見た』(1998)、『海辺の家』(1999、いずれもみすず書房)ほか。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

この本の関連書


「私は不死鳥を見た」の画像:

私は不死鳥を見た

「私は不死鳥を見た」の書籍情報:

四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/264頁
定価 2,520円(本体2,400円)
ISBN 4-622-04653-9 C0098
1998年6月24日発行

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