みすず書房

「近ごろでこそあまり耳にしなくなったが、『滑稽文学』『滑稽小説』と呼ばれるジャンルがあって、数多くの傑作がある。敗戦後の数年間、私たちはこの手のものを探し出しては読みあさっていた。過去を懐かしもうにも、浮かんでくるのは戦争中のいやな記憶ばかり、未来は茫漠としてなんの希望ももてそうもない、あるのは暗く貧しい現在だけ、せめてこれを笑いのめして生きてやろうか、ということだったのだろう」。

「太宰というとすぐ初期の『晩年』や『虚構の彷徨』、あるいは晩年の『斜陽』や『人間失格』といったシーリアスな作品ばかりが持ち出されるのは少し面白くない。太宰にそういった面があるのは否定しないが、私たちにとっては、太宰はまず滑稽小説の希代の名手だったのである」。

収録作品は「おしやれ童子」「服装に就いて」「畜犬談」「黄村先生言行録」「花吹雪」「不審庵」「親友交歓」「男女同権」の全8篇。ベルクソン、ボードレールほかの笑いの理論とともに、バルザック、チェーホフ、二葉亭四迷、坂口安吾、そして太宰など古今東西の滑稽文学を体験的に考察した編者序を付す。

目次

滑稽文学について  木田 元

I
おしゃれ童子
服装に就いて
畜犬談——伊馬鵜平君に与へる。

II
黄村先生言行録
花吹雪
不審庵

III
親友交歓
男女同権

書評情報

北尾トロ(フリーライター)
佐賀新聞2014年1月