みすず書房

『荒地』の刊行によって現代詩に一つのエポックをつくったエリオットは、その詩集において、「より巧みなる詩人に」という「献辞」をパウンドに捧げている。しかし、パウンドが世に出したエリオットの名声に比べると、本人の業績はあまり、とりわけ日本では知られていない。外国では、二〇世紀は〈パウンドの世紀〉であると断ずる批評家もいるというのに……

パウンドはその生涯を、一冊の長篇詩集『キャントーズ』の完成に捧げた。これはパウンド一流の視点から眺めた世界歴史であり、そのテーマは〈利子制度の暗い森に入り、人間の誤謬の歴史をくぐり抜け、光明にいたる〉近代社会の歴史批判である。

詩人のこの歴史観はやがてムッソリーニを賛美するにいたり、戦犯としてイタリアの収容所に入れられることになった。この悲惨な体験から生まれたのが、詩人の〈白鳥の歌〉ともいうべき『ピサ詩篇』である。彼はダンテやウェルギリウス、さらには孔子を下敷きにしながら、現代資本主義の欺瞞を批判しつつ、真の〈文化的な社会〉再建を詩的に構想している。広大な歴史意識と抒情的なテンションの高さにおいて、この詩篇はゆうに『荒地』に対抗する権利をもっている。