みすず書房

「本書は今から二十年余り前に刊行された私の最初の回想記である。長らく絶版になっていたものだが、このたび新装版として蘇ることになったのは、いろいろな意味で私には実に嬉しいことである。それというのも最近二、三年のあいだに、私はここに書いたことと関連した過去が次々と戻ってくるような経験をして、何度も戸惑いと驚きを覚えたからだ。それは、忘れていた事実が何かのきっかけで不意に思い出されるという、あの無意志的記憶のことではない。よく憶えている事柄だけれども、自分がこの世界から消えていくときまでもうふれずにおいてもよいだろう、と考えていたような過去の事実や行動が、他人の目にとまって発掘されたり、他人の思い出のなかで蘇ったりして、それがあらためて話題にされ、向こうから近づいて来たのである。しかもそのようなことが毎年のように起こったのだ。」(あとがきより)
プルースト『失われた時を求めて』の個人訳を成し遂げた著者が、かつて状況に身をおいた体験を語った名エッセイ。鏡のように本書を照らす『越境の時』の刊行に際し、装を新たにふたたび世に問う。

目次

パリ左岸のことなど
書物を流れる歳月
アルジェの宿
フランツ・ファノンの病院

にせ金作りと老ヒッピー
1980年代の同性愛者

「五月」の作家たち
顔のない作家の無名の素顔
早すぎた旅人
二人のルフェーヴル
サルトル追悼

あとがき
二十年後のあとがき