みすず書房

ミトコンドリアが進化を決めた

POWER, SEX, SUICIDE

判型 四六判
頁数 536頁
定価 4,180円 (本体:3,800円)
ISBN 978-4-622-07340-6
Cコード C1045
発行日 2007年12月21日
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ミトコンドリアが進化を決めた

生命進化を「操る」したたかなミトコンドリアの論理を手がかりとして、生命の起源から人類の現在までの40億年を語り切ってしまうダイナミックな科学書。われわれヒトを含むすべての真核生物の誕生を可能にしたのは、ミトコンドリアの内部共生という進化史上の特異事象だった。以来、多細胞化や、複雑な形態など生物の際立った特徴が、寄生生物体ミトコンドリアとその宿主である細胞の、ほかに類例のない進化戦略の結果として生じてきたといえる。
さらに著者は周到な議論によって、生命の起源、性の起源、老化の原因、人類の起源など、進化の主要な問題にミトコンドリアが果たす決定的な役割を明らかにする。
どのように進化したか(How)だけでなく、あえて進化のなぜ(Why)を問い、それに答えようとする大胆不敵な語り口は読み応え抜群。ミトコンドリアは地上で最も繁栄している生物体となり、いまこの瞬間もわれわれの生命とその死を支配している。ミトコンドリアを知らずして生命は語れない。

目次

序 ミトコンドリア——世界を操る陰の支配者

第1部 ホープフル・モンスター——真核細胞の起源
1 深い深い進化の溝
2 祖先を求めて
3 水素仮説

第2部 生命力——プロトン・パワーと生命の起源
4 呼吸の意味
5 プロトン・パワー
6 生命の起源

第3部 内部取引——複雑さのもと
7 なぜ細菌は単純なのか
8 なぜミトコンドリアが複雑さをもたらすのか

第4部 べき乗則——サイズと、複雑さの上り坂
9 生物のべき乗則
10 温血革命

第5部 殺人か自殺か——波乱に満ちた個体の誕生
11 体のなかの対立
12 個体の礎

第6部 両性の闘い——先史時代の人類と、性の本質
13 非対称な性
14 人類の先史時代は性について何を語ってくれるか
15 なぜ性はふたつあるのか

第7部 生命の時計——なぜミトコンドリアはついにはわれわれを殺すのか
16 ミトコンドリア老化説
17 自己修正マシンの死
18 老化を治す?

エピローグ

謝辞
解説
訳者あとがき
用語集
原注
画像の出典
参考文献
索引

ミトコンドリア病とは?──その理解と克服のために

(解説者の田中雅嗣先生からのメッセージ)

ミトコンドリア病は、本書で紹介されているように、ミトコンドリアおよび核の遺伝子異常に基づく疾患で、現在のところ、治療が困難な疾患です。ミトコンドリアと核のゲノムのマッチングによって赤ちゃんには純化されたゲノムが手渡されますが、このスクリーニング機構は完璧ではありません。ミトコンドリアゲノムや核ゲノムの変異を原因とするミトコンドリア機能の低下が小児期や成人になってから現れ、骨格筋・心筋・中枢神経系・内分泌系・消化器系など多様な臓器・組織に機能障害が生じることがあります。
我が国ではミトコンドリア脳筋症や心筋症に悩まされているお子さんや患者さんが数多くいらっしゃいますが、その数は正確に把握されていません。ミトコンドリア糖尿病や難聴を含めるとミトコンドリア病の患者数は約7万人にのぼります。しかし、厚生労働省の難病(特定疾患)に指定されているのは残念ながらミトコンドリア心筋症のみです。
このような現状ですが、患者・家族の自助努力によって「ミトコンドリア患者・家族の会」(http://www.mitochon.org/)が結成され、メーリングリストによる情報交換や、定期的な勉強会が開催されています。一方、研究者の間では「日本ミトコンドリア学会」(http://j-mit.org)が創立され、毎年活発な論議が行われています。また「ドクター相談室」も開設され、患者や家族からの質問にミトコンドリア病の専門医が丁寧に回答しています。さらに「ミトコンドリア外来」も開始され、専門医に直接相談できるようになりました。個々の研究者の名前を挙げることはできませんが、我が国の研究者はミトコンドリア病の病態解明において重要な役割を果たしてきました。ミトコンドリア病のモデルマウスも創り出されています。ミトコンドリア病の根本的治療法の開発に向けて、変異したミトコンドリアゲノムを選択的に除去する基礎技術も開発されました。さらに、日本の研究者はミトコンドリア機能を代行する数種の薬剤の開発にも取り組んでいます。
本書に書かれているように、ミトコンドリア病の研究に端を発して、ミトコンドリアの老化における役割が解明されてきました。したがって、ミトコンドリア病に対する治療法の開発は、老化に伴うミトコンドリア機能低下への対策にもつながるはずです。ミトコンドリア病の克服に向けて、皆様の理解とご支援をお願い申し上げたいと思います。
 
(東京都老人総合研究所 田中雅嗣)

編集者からひとこと──ミトコンドリア学が生命史の再解釈を迫る

21世紀も進化生物学の躍進が続いている。そんななか注目される、進化の「特異事象」(singularity)という概念は、生命進化のシナリオ全体の再解釈につながる鍵かもしれない。数十億年の進化史上にただ一度だけ起こり、その後の進化の方向を決定づけた事件。ミトコンドリアの出現もその一つである。ミトコンドリアが進化史上に果たした真の役割を生物学者たちが絞り込むにつれて、生物の多細胞化と複雑化、二つの性、老化などの深遠な意義が明らかになりつつある。私たちは幸運にも、同時代にその壮大な謎解きに立ち会える——『ミトコンドリアが進化を決めた』の読者は生命史のシナリオの転換を目の当たりにするだろう。

ミトコンドリアは奇天烈な名前に相応しく、長らく細胞内の謎めいた「異物のようなもの」としてとらえられてきた。ミトコンドリアが本来、文字通りの意味で「異物」であったことが定説となったのは比較的最近だ。ひと昔か、ふた昔まえの高校の先生は、ミトコンドリアについてはそのへんてこな名前と、迷路のような形と、呼吸に関わっていることなど、2、3の特徴を覚えればいいと生徒に教えたかもしれない。が、それもいまは昔。ミトコンドリアとそのゲノムに関する知見は今日、めまいのするほど広範な生物学の領域で決定的な役割を果たしている。

本書が描き出す驚くべき世界をほんの少しだけ紹介しよう。ミトコンドリアはいまこの瞬間も、生物エネルギーの発生源として、あるいは第二の細胞核として、私たちを含む生物たちの生殺与奪の権を握り、進化の舵までも握り、物理的にもこの地球上で最も繁栄している——計算上、人間の体重の10%以上はミトコンドリアだという。つまり、ミトコンドリアはあなたや私の生命そのものだ(自分が「1割以上ミトコンドリア」だったとは、今日まで気づかなかったでしょう?) そして生命史のページをめくれば、肝心なところにはいつもミトコンドリアの名が出てくる。ミトコンドリアは、P・K・ディックのユービックのように、あらゆる場所、あらゆる存在とその意味のなかに遍在しているのだ。この陰の支配者がいかに生物界を操っているか、その恐るべきからくりを知れば、あなたの生物観と生命史観の全体が塗り替えられるだろう。

『ミトコンドリアが進化を決めた』の中で著者が問い、そして福岡伸一氏(読売新聞書評2008年1月6日)に(おそらくは感嘆と留保、両方の意味を込めて?)「鮮やか過ぎる解答」と評された答えを導き出している、いくつかの命題を最後に挙げておこう。これらの命題に興味があるかたはぜひ本書を手にとり、進化研究の醍醐味をご堪能あれ。

・ 地球上で生命はどのように誕生したのか?
・ なぜ真核生物だけが大型化や複雑化を遂げ、細菌は単純なままなのか?
・ なぜミトコンドリアがすべての高等生物の進化に必須だったのか?
・ なぜ、どのように細胞は、自死(アポトーシス)の仕組みを獲得したのか?
・ 人類の先史時代は性について何を語ってくれるか?
・ なぜ性はふたつあるのか?
・ なぜミトコンドリアは生物に老化をもたらし、ついにはわれわれを殺すのか?