みすず書房

「鉄によって彫刻をつくるのではなく、彫刻によって鉄をつくる」
若林奮(わかばやし・いさむ 1936-2003)は、1950年代から鉄や銅、鉛などの金属素材を使って深い自然観にもとづく思索的な作品を制作し、内外の美術ファンを魅了しつづけた。この彫刻家を若き学芸員時代に「発見」した著者は、文学、哲学、自然科学など多岐にわたる「ことば=思索」をつうじて、無口で気難しいアーティストと心を通わせる。そして《残り元素》《振動尺》など難解な作品名をもつ彫刻に封じ込められた「鍵」を解き明かそうと、その手業のひとつひとつに懸命に心をくだいた。
美術館学芸員として最初期の展覧会を企画、若林奮の存在を日本の美術界に知らしめる一方、著者は新進の評論家として独自の若林論・彫刻論を展開、飯島耕一、加藤郁乎、吉増剛造ら詩人たちとの交流の仲立ち役を担う。1980年代にはヴェネツィア・ビエンナーレ日本代表作家として海外に紹介するなど、若林奮が病にたおれるまで、終生の理解者として、その激越な制作現場に立ち会ってきた。
本書は、異才の彫刻家と同時代を伴走した著者の、30年余に及ぶ作家論・エッセイの集成である。「《ヴァリーズ》についての感想」「《緑の森の一角獣座》をめぐる断章」など書き下ろし評論数篇のほか、対談、備忘録、若林奮略年譜、作品写真を加えた。

目次

I章 出会いと別れ
雨——ある日の作家
作家との出会い
追悼・若林奮
犬の彫刻家
犬と鉄と戒名

II章 鉄の封印
犬に喰われた彫刻家の話
魯迅に駆られた断章
W氏の食卓
夢想からの脱出
妙な音

III章 彫刻都市論
彫刻都市論
彫刻家の小さな地図
『境川の氾濫』
二十五箇の再開
ある風景——仕事場を訪ねて
自然への回帰
ヴェネツィアの影

IV章 未来の尺度
魔法の感覚
個人的な感動の体験
版画展に寄せて——発想の周辺
《ヴァリーズ》についての感想
遅れてきた訪問者——実現しなかったドイツでの個展
《緑の森の一角獣座》をめぐる断章

V章 作家と語る
対談——「若林奮:1986. 10-1988. 2」展を前に

VI章 若林奮に関する「備忘録」

若林奮年譜
あとがきにかえて
初出一覧
作品一覧

編集者からひとこと

若林奮といえば、現代美術を愛好する仲間うちでは、李禹煥、加納光於らと並ぶ一線級のアイコンである。美大生や若い造形作家には今も若林ファンが多いと聞く。表現する側のみならず、現代美術を専門とする学芸員・キュレーターも「一度は若林奮展をやってみたい」と密かに企画を温めているという。
なぜ人は、若林奮に熱狂するのだろう? 1960年代から発表してきた彫刻作品はどれも難解で、タイトルや解説文を読んでも作家の意図は捉えにくい。また、俳優ジェームズ・コバーンのようないかつい風貌、黙々と手を動かす制作姿勢はいかにも「気難し屋」然としており、そんなとっつきにくさが多くの美術ファンの心を掴んだのだ、と勝手に解釈しているがいかがだろうか。

著者の酒井忠康氏もまた、若い時分に若林奮に熱狂した一人だ。個展の帰り道で互いに飲めない酒を飲み、工房に若林を訪ねて夜通し世界について語り合う——。若林を「発見」し、30年余にわたり濃密な付き合いをしてこられた酒井氏こそ、現在の熱狂の「仕掛け人」と言ってもよい。若い美術ファンに、ぜひこの本を読んでいただけたらと思う。本書が、全国に散在する若林作品鑑賞の一助となればうれしい。(八)

【若林奮作品の主な収蔵先】
東京国立近代美術館 《2.5mの犬》《不透明 低空》《北方金属》
東京都現代美術館 《自動車の中の人喰》
府中市美術館 《地下のデイジー》
武蔵野美術大学 《雨—労働の残念》
神奈川県立近代美術館 《残り元素》《犬から出る水蒸気》
横須賀美術館 《Valleys(2nd stage)》《飛葉と振動》
千葉市美術館 《クロバエ上の変更》
川村記念美術館 《振動尺》
愛知県立美術館 《大気中の緑色に属するもの I》
豊田市美術館 《熱変へ I》《胡桃の葉》《立体ノート》
滋賀県立近代美術館 《所有・雰囲気・振動—ゆりの木による集中的な作業》
広島市現代美術館 《Dome》《水鏡》
高知県立美術館 《石枕》
高松市美術館 《100粒の雨粒 II》 ほか全国に多数

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