みすず書房

〈画を通じて私は痛感した。医師が研究の眼差しであるか治療の眼差しであるかに患者は敏感である。また、患者の症状を診るだけならよいが、患者への眼差しの焦点はその人柄と生活に置かれねばならない。でなければ、患者の自己規定は「精神科患者(入院患者、通院者)」になってしまう。患者の価値観は世間と同じで、世間の偏見を取り込んで自己に向けている。症状に対して膝を乗り出すと医者は患者を見失う。患者は治療者の意を迎えることに汲々として、すぐに医者の興味がある言葉を用意するようになるのだ。精神病理の陥穽である。西欧の高名な精神病理学者の大論文のもとになった患者で自死をとげている人の名を挙げることは実にやさしい。治療者に多くを与えすぎた患者は危ない〉
統合失調症を中心に長年の臨床経験を語った「患者に告げること 患者に聞くこと」「老年期認知症への対応と生活支援」などのちょっと専門的な文章から、秀逸な河合隼雄論、「敗戦直後の山岳部北アルプス行き」「伝記の読み方、諭しみ方」、自伝的書き下ろし「ヴァレリーと私」まで33篇。第7エッセイ集。

目次

I
患者に告げること 患者に聞くこと
老年期認知症への対応と生活支援
トラウマについての断想
生活空間と精神健康

II
河合隼雄先生の対談集に寄せて
神田橋先生のいる風景
村瀬嘉代子さんの統合的アプローチに思う
東大分院神経科がある風景

III
神戸という町の隠れたデザイン——海外のゲストを念頭に置いて
最近の精神医学に思う
医療はこのまま進んでよいか
小さな花束
建物は正面だけでよいか
日本人の宗教
辞書からみた伝統と文化
焔とこころ、炎と人類
敗戦直後の山岳部北アルプス行き
震災の記憶の体内時計
ヒトの歴史と格差社会
安倍政権発足に思う
破産した自治体に思う
アメリカに疲れた一二年
歴史にみる「戦後レジーム」
日本が「入院」した一二日間
戦艦ミズーリと特攻機
神戸で余生送る幸せ
先が見えない中を生きる

IV
アルバニア戦線に倒れた少尉にささげる悲歌 オディッセアス・エィティス 216

V
伝記の読み方、愉しみ方
吉田城先生の『「失われた時を求めて」草稿研究』をめぐって
——プルースト/テクスト生成研究/精神医学
散文詩九篇——ヴァレリー『カイエ』より
『カイエ』の挿絵について
ヴァレリーと私——半世紀を超える有為転変

あとがき
初出一覧

関連リンク