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シャルロット・ペリアン自伝

UNE VIE DE CREATION


「すべてがサン=シュルピス広場の私のアトリエで組み立てられた。台座にのった休息用のシェーズ・ロングは造形的に美しい。来客用のドッシエ・バスキュラン。大型と小型のグラン・コンフォールは天然皮革。この4種のモデルに、私は自分の食卓用に製作した回転椅子を加えた。この椅子はコンセプトが異なり、クッション部分はクロームメッキのフレームと独立していない。
結果に満足し、私はル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレをアトリエに招待した。ふたりを驚かせるために椅子があること、私たちのデザインに忠実につくられ、たしかに生命をもって私たちを迎える準備ができていることは黙っていた。ふたりはあっけにとられ、コルビュはいろいろと指摘したあと、ようやく言った。〈こいつはしゃれてる〉」
モダンデザインの名作家具を世に送り出し、ブルーノ・タウトの後任として戦前の日本各地で工芸指導にあたったフランス人女性建築家が、波乱に満ちた生涯を晩年にみずから綴った。装飾芸術から、建築と一体化したインテリア・設備へ。住まい、暮らしの芸術を開拓しつづけた「創造の人生」である。
フェルナン・レジェやジャン・プルヴェ、独立後もなお続いたル・コルビュジエとの共同作業、そして坂倉準三、前川國男、柳宗理、河井寛次郎、龍村平蔵ほか日本の建築・工芸界との奥深い交流、さらには長年にわたる山岳リゾート開発への関与など、本書は20世紀デザイン史への貴重な証言に満ちている。図版多数収録。


「シャルロット・ペリアン自伝」の著訳者:

シャルロット・ペリアン
Charlotte Perriand
1903年、パリに生まれる。1925年、装飾芸術中央連盟付属学校卒業。1927年、サロン・ドートンヌで「屋根裏のバー」発表。同年、ル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレのアトリエに入所し、住宅の内装と設備を担当。1928年にはル・コルビュジエ、ジャンヌレと共同でシェーズ・ロング、グラン・コンフォール、ドッシエ・バスキュランほかを製作、ラ・ロッシュ邸やチャーチ邸の設備を手がけた。1937年、同アトリエを辞職。1940年、商工省の招聘を受け、輸出工芸指導顧問として来日。1941年、東京・大阪高島屋にて「選択・伝統・創造」展開催(同展協力者に河井寛次郎、龍村平蔵、浜田庄司、柳宗悦。顧問・坂倉準三、助手・柳宗理)。仏領インドシナで終戦を迎え、1946年、フランス帰国。ル・コルビュジエに乞われ、1947年よりマルセイユのユニテ・ダビタシオン設計に参加。1952年、アトリエ・ジャン・プルヴェと契約、以後プルヴェとの共同作業が続けられる。1955年、東京高島屋にて「ル・コルビュジエ、レジェ、ペリアン3人展」開催(同展にてペリアンチェア「オンブル」発表)。1967年より1988年までアルク山岳リゾート開発に参加。1983年、レジョン・ドヌール章受章。1985年、パリ装飾美術館にて「シャルロット・ペリアン アン・アール・ド・ヴィーヴル」展開催。1996年、ロンドン王立美術学校より名誉博士号を授与される。同年、ロンドン・デザインミュージアムにて「シャルロット・ペリアン、モダニスト・パイオニア」展開催。1998年、本書刊行後、東京リビングデザインセンターOZONEにて「シャルロット・ペリアン展」開催。1999年、パリにて逝去。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
北代美和子
きただい・みわこ
1953年、東京生まれ。上智大学大学院外国語学研究科言語学専攻修士課程修了。翻訳家。訳書S・メネル『食卓の歴史』(中央公論社1989)B・ビュフォード『フーリガン戦記』(白水社1994)『厨房の奇人たち』(白水社2008)キキ『裸の回想』(白水社2000)K・テイラー『届かなかった手紙』(文藝春秋2001)C・コスタンティーニ『バルテュスとの対話』(白水社2003)E・グリモー『野生の調べ』(ランダムハウス講談社2004)D・メナール『小鳥はいつ歌をうたう』(河出書房新社2006)T・パークス『メディチ・マネー』(白水社2007)J・ルオー『名誉の戦場』(世界文学全集『アデン、アラビア/名誉の戦場』所収、河出書房新社2009)、監訳書J=L・フランドラン&M・モンタナーリ『食の歴史』(藤原書店2006)ほか。
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

目次

I ことの始まりは1903年……
マルシェ=サントノレ広場/第一次世界大戦/装術中央連盟付属学校/
サン=シュルピス広場

II ル・コルビュジエ、開拓の時代
セーヴル街のアトリエ/現代芸術家連盟(UAM)誕生/住宅の設備/
1930年と1933年のソ連旅行/バレアル諸島でカヌーにのる/
救世軍避難施設と大学都市のスイス学生会館/天国から追放されたイヴ/
ナンジェセール=エ=コリ街のコルビュ邸/
1932年、モンパルナスのミミ・パンソン/近代建築国際会議(CIAM)/
1931年、ケルンでの任務/1935年、ブリュッセル万国博覧会/
革命的作家芸術家同盟(AEAR)/生活芸術(アール・メナジェ)/
パリの貧困/1936年、人民戦線/人民戦線の農業プログラム/
コルビュのパリ/パリ万国博覧会/スペイン内乱/
1937年、セーヴル街のアトリエとの決別/わが歓びが残るように/
フリーフォーム・テーブル/山岳リゾートの建築

III 戦争――日本とインドシナ
予期せぬ提案/私の混乱のはけ口(船室で書いたメモ)/日本への道/
1940年6月21日、リスボン。7月11日、ダーバン(白山丸上でのメモ) /
伝統の日本を発見する/工芸指導顧問/地方での調査/
「選択・伝統・創造」/インドシナ逃避行/真珠湾、太平洋戦争/
さらば、日本/ハノイでの仕事/ダラットの避難民/
インドシナにおけるフランス主権の喪失/希望の時?/フランス帰国

IV 実現の時代
メリベル、山岳リゾートの誕生/メリベルの私の小さなシャレ/
コルビュの輝ける家で/建築家、それともチーム作業?/収納の規格化/
フォルム・ユティールとUAMの解散/
グループ・エスパス、アトリエ・ジャン・プルヴェ/戦後日本との再会/
インドとチャンディガール/ギャラリー「ステフ・シモン」/
生活芸術展における日本とサハラ/ブラジリア、夜明けのシンフォニー/
エールフランス、ロンドン=パリ=東京/スー=ル=ヴァン諸島観光/
ジュネーヴの国際連合/リオ・デ・ジャネイロ/自動車なしの冬のリゾート/
パリの日本大使公邸/五月革命/渇きの三角形/
ル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレの死

V レジャーの建築、設備と環境
アルク山岳地帯/「アルク1600」自動車なしのリゾート/
レジデンス・カスカード/アルク・モビリエ/「アルク1800」/
パリの屋根を見おろすアパートメント/マルキーズ諸島/トゥアモトゥ/
アルクにおける私の闘い/標高2000メートルの「アルク砦」/
「アルク1800」上シャンテル/ホセ・ルイ・セルトの死/
ラス・カーズ街のアトリエ/毛沢東の中国/満州の冬季スポーツリゾート?/
「アルク1800」ミランタン/1985年のパリ個展と1996年のロンドン個展

VI 無と空のあいだで
レリス画廊/茶室/生きるための空間/対話

謝辞
訳者あとがき
索引

書評情報

柏木博(デザイン評論家)
<2009年7月19日(日):日経新聞>
黒岩比佐子(ノンフィクション作家)
<2009年7月5日(日):読売新聞>
<2009年11月18日発行:ダ・カーポ特別編集>

この本の関連書


「シャルロット・ペリアン自伝」の画像:

シャルロット・ペリアン自伝

「シャルロット・ペリアン自伝」の書籍情報:

A5判 タテ210mm×ヨコ148mm/464頁
定価 5,040円(本体4,800円)
ISBN 978-4-622-07444-1 C0070
2009年6月10日発行

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