みすず書房

〈肖像画家というものは、すぐに各々の顔に隠れた美点や欠点を読み出し、それを絵画に表現する偉大な人相学者であるといつも思われがちだ。それは文学的な考えだ。画家は「判断」せず「直視」する。私のモットーは「汝の目を信じよ!」である〉
(オットー・ディックス)

1991年夏、統一なったドイツで、著者ははじめて旧東側に入る。ポツダムのサンスーシ宮殿では、長年の念願であったカラヴァッジョ《トマスの不信》と出会うことができた。ドレスデンでは《戦争祭壇画》をはじめとするオットー・ディックスの数々の作品が出迎えてくれた。ゼービュールではエミール・ノルデの連作《キリストの生涯》が待ちうけていた。さらに、キルヒナー、ベックマン、ジョージ・グロッス、コルヴィッツ… フェリックス・ヌスバウムのような未知の芸術家との邂逅。
20世紀美術、それもナチスによって「退廃芸術」と呼ばれた作品や戦争画に、著者は惹きつけられてゆく。一枚の絵画の背後にある画家の生き方や時代に思いを馳せ、そこからもう一度絵画そのものへと戻ってゆく。それは著者自身の生き方を見つめ直すことでもあった。
『私の西洋美術巡礼』(1991)を継ぐ二作目の美術エッセー。「虐殺とアート」、矢野静明との対談「苦悩の遠近法——いま、ゴッホを語る」なども併収する。図版85。

目次

はしがき 扉を押し開くもの 《トマスの不信》をめぐって

統一ドイツ美術紀行
はじめに/1 ゼービュール——エミール・ノルデ「描かれざる絵」/2 キールからシュベリンへ/3 ベルリン

汝の目を信じよ! オットー・ディックスとその時代
神なき時代の祭壇画/過ぎ去らない絵/老いた恋人たち/西部戦線——二〇〇三年夏/単独の反抗者/肖像画家/ナチを逆撫でする/七つの大罪/風景への追放/面白くて悲しい話——ヤン・ディックスとのインタビュー/戦後——分断された画家

誰がフェリックス・ヌスバウムを憶えているのか?
発見/再発見される「証言としての芸術」
はじめに/引き裂かれたアイデンティティ/故郷を奪われた画家/二十世紀の自画像/ユダヤ人証明書/おわりに——ジャキのことなど

虐殺とアート 記憶の闘いの現在
虐殺と映像/アウシュヴィッツの後のノート/韓国の虐殺/サルの不吉な呼び声

より徹底的に見つめ、より熾烈に創造せよ! 韓国版序文

[付録]
苦悩の遠近法 いま、ゴッホを語る (徐京植+矢野静明)
ゴッホとの出会い/遠近法の中のゴッホ/作品主義と人間主義/闇から光への通路/芸術と資本主義——兄と弟/画家の身体性

図版一覧
初出一覧

書評情報

朝日新聞
2010年4月25日(日)

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