みすず書房

史上最大の国家権力であったソヴェトのスターリン独裁下、芸術家たちはどう生きたのか。
農業集団化によるウクライナの飢餓、赤軍粛清、無実の者の逮捕と処刑、強制収容所、少数民族の迫害など、ソヴェトの負の歴史、とりわけこの時代の人間のありようは、ナチスの犯罪とくらべて明らかでないことが多い。本書は徹底した実録により、個人の生き方と国家の動きが奏でる《時代の音楽》を再現する。
多くは体制賛美者、小心な加害者、無数の保身者として生きのびようとした。だが人類の創作史は、人生の最悪の日々につくられた傑作をたくさん知っている。
岡田嘉子と憧れの国に密入国したものの、メイエルホリドの偽りの罪状づくりに利用されて銃殺された演出家杉本良吉。スターリンの求めで一枚だけのレコード用に演奏を録音後、あなたを罪人とみなすという手紙を送ったピアニスト、ユージナ。国家の保護を拒んで作品を一枚も手放さず、死後の美術館建設を夢見て餓死した画家フィローノフ。ユダヤ文化復興に賭け、暗殺された演劇人ミホエルス。ネフスキイ、ショスタコーヴィチ、メイエルホリド、トロツキイ、パステルナーク。闇のなかで自分の生命力に創作の火を灯した人々がいたのだ。
碩学の長年の精華である交響曲のような一書。

目次

序章 大阪から
  「机の上を片づけないで下さい」(ネフスキイ)
第1章 実験国家と実験家
  知の遊牧者メイエルホリド
第2章 対岸のユートピア
  杉本良吉と「にわとりの足をした水晶宮」
第3章 「余所者の劇団」
  権力の剣、仲間の匕首(あいくち)
第4章 ユートピアへの「呼び子」
  火から?への脱出
第5章 三の死
  「相変わらず独創家ぶっているのかね」(モーロトフ)
第6章 特別列車
  うわばみ権力と「われわれは皆うさぎだ」
第7章 命という重荷
  「スターリンのロシヤ語は小学生なみである」(トロツキイ)
第8章 加害者にも被害者にもならない方法
  オレーシャと「おせっかいな熊たち」
第9章 目盛り  
  極限の人びとのあたり前さについて
第10章 ある餓死者の場合
  フィローノフの天職を飯のたねにしない方法 
第11章 恐怖の入れ替わり
  「虚構の非人間的な支配」と浄火の嵐
第12章 勝利の後で
  「権力は私に手を出しません」(ショスタコーヴィチ)
第13章 断片作家
  「一行も書かない日はなし」(オレーシャ)
第14章 沈黙の十字架
  「自分の運命の自由な囚人」(アンドレーエフ)
第15章 「悲劇のにない手」
  パステルナークと銀貨三十枚と三十コペイカ
終章  それぞれの死
  無への入場式

あとがき
人名索引

書評情報

長山靖生(文芸評論家)
信濃毎日新聞2011年3月27日(日)
亀山郁夫(東京外国語大学学長)
日本経済新聞2011年4月3日(日)
望月哲男(北大スラブ研究センター長)
北海道新聞2011年4月3日(日)
椹木野衣(美術批評家)
読売新聞2011年4月24日(日)
辻原登
毎日新聞2011年5月29日(日)

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