みすず書房

祈りなさい、主よ
私たちに向かって 祈りなさい
私たちは近くにいます。
——パウル・ツェラン「テネブレ」より

無防備の空がついに撓み
正午の弓となる位置で
君は呼吸し
かつ挨拶せよ
——石原吉郎「位置」より

パウル・ツェラン(1920-1970)と石原吉郎(1915-1977)。ともに第二次大戦と収容所をくぐり抜け、20世紀というジェノサイドの時代にあって、語りえない出来事を語る証言者としての使命を自らに課すことによって、かろうじて戦後を生き延びた詩人である。
詩の印象こそ違うものの二人の詩には、帰郷、死者、呪いと祈り、沈黙と失語、風と息といった、多くの共通するモチーフがある。そうしたモチーフに沿って二人の作品を対位法的に論じながら、“非人間的なものに対抗する詩の倫理”のありかを探る。
難解なメタファーの下に隠された意味を丹念に解きほぐし、「現代詩とは何か」という問いにもおのずと応える、ユニークな力作評論。

目次

第一章 二つの帰郷
戦争を生き延びた二人の詩人
パウル・ツェランの詩「帰郷」
草稿が語ること——雪の丘と死者の目
メルクマールとしての詩人
石原吉郎の詩「サンチョ・パンサの帰郷」
アレゴリーに託されたもの

第二章 かけがえのない死者
第一詩集の出版まで
ツェランの詩「アーモンドを数えよ」
メタファーとしてのアーモンド
石原のエッセイ「ペシミストの勇気について」
石原の詩「五月のわかれ」
最もよき私自身

第三章 呪いと祈りもたずさえて
ツェランの詩「テネブレ」
引用による詩の多層化
告発と共苦
石原の未刊詩篇「悪意」
石原の詩「位置」
最もすぐれた姿勢

第四章 連帯の磁場
強制労働という装置
ツェランの詩「掘り削られた心」
ツェランの詩「かれらのなかに土があった」
石原の詩「脱走」
失語という仮死
沈黙への打破

第五章 沈黙に生成された言葉
戦後現代詩の命題
「位置」の継承としての詩「麦」
石原の詩「花であること」
投壜通信としての詩
ブーバーとツェランの二人称
誰でもない者と無の対話「ほめうた」

第六章 詩はだれに宛てられているか
ゴットフリート・ベンの「絶対詩」
ツェランの詩「あかるい石たち」と「花」
他者を求める言葉
単独者への止揚
石原の詩「しずかな敵」と「大寒の日に」
細い橋のようなもの

第七章 光と風が問うもの
共有された光の体験
安息日と詩「ハヴダラー」
糸と光のアレゴリー集合体
望郷の詩「陸軟風」
私を比喩とする風
詩「北冥」とルアハ

第八章 人間と神
プネウマの受胎
息の転回としての詩
ツェランの詩「あなたの言葉の光線風に」
思想としての断念
洗礼と断念
石原の詩「海嘯」

第九章 何が不遜か
ツェランの詩「糸の太陽たち」
エーリヒ・フリートの応答
人間たちの彼方の歌
オルフォイスのように
生き残ったものの不遜
石原の散文詩「構造」
栗原貞子の反発

第十章 あらゆる安息のかわりに
第三次中東戦争とツェランの詩「思い浮かべよ」
記憶の現在化
住むことのできる土地
『光の強迫』最終三部作
第一の詩「曳航の時」
第二の詩「あなたはあなたのままであれ」
第三の詩「先だって働きかけるな」

第十一章 死はそれほどにも出発である
聖書と単独者
中間時の詩
詩「全盲」と原罪
詩「盲導鈴」を照らす光
詩「疲労について」のパラドクス
論理の矛盾をのり越える戦慄

あとがき
主要文献リスト

書評情報

岡崎武志
サンデー毎日2014年3月2日
細見和之(詩人、大阪府立大学教授)
秋田さきがけ(共同通信配信)2014年3月16日
細見和之
信濃毎日新聞2014年3月26日
細見和之(大阪府立大学教授・詩人)
佐賀新聞2014年3月30日

関連リンク