みすず書房

16世紀初めネーデルラントの画家パティニール。残された作品の数は10点あまり、生涯についてもほとんどわからない。しかし一度でもその絵を見た者は、驚くほど精緻な細部から目をはなせなくなり、絵のなかに流れる時間に心をうばわれる。そして何よりも青のグラデーションの美しさに見とれてしまう。著者もまたパティニールの作品に魅了され、各地の美術館をたずね、彼の絵を好んだ人たちの暖かな言葉を捜して、言葉を紡がずにいられなかった。
聖書や聖人伝などをモチーフにしながらたんなる背景という役割を越えて遠く広がる青い風景。ヨーロッパにおいて「風景」という概念が、絵画にそして言葉と文学にあらわれてゆくことをみごとにとらえた、絵画と文学のハイブリッドな本である。時の流れを越えて残り、歴史の闇から浮かび上がった、パティニールの絵のきわめて独特な世界を伝える研究エッセー。

目次

プロローグ
  映画『パティニール』
  ルーヴル美術館の絵
  フランドル旅行
  アントウェルペンの街

第一章 作品はどれか?
  美術史家の迷い
  魅せられた研究者
  ふたつの作品総目録
  共同制作者がいる
  画家たちの友情
  驚きと感嘆
  恣意的作品リスト

第二章 謎の生涯
  生まれた時と場所
  ディナンの町
  修業時代とヒエロニムス・ボス
  遍歴そしてブルッヘ
  ジェノヴァ旅行からアントウェルペンへ
  静かな工房
  デューラーとの友情
  南仏旅行と家の購入
  パティニールの死

第三章 風景画のほうへ
  純粋な風景画
  ミニアチュールの世界
  「風景」という言葉
  閉じこめられた言葉
  エラスムスやトマス・モアたち
  ラブレーからモンテーニュへ
  ペトラルカの山
  景色の断片
  最初の風景画家

第四章 青の世界
  水平線を描く
  鳥のまなざし
  ムーズ川とスヘルデ川
  そびえたつ岩山
  ロック・クライミング
  世界風景
  木々のすがた
  色の遠近法
  パティニール・ブルー

第五章 聖人たちのいる風景
  (一)聖ヒエロニムス
   孤独な聖人
   初期の聖ヒエロニムス像
   動物たちの意味
   不思議な細部
  (二)エジプトへの逃避
   奇跡の場面
   のどかな逃避旅行
   聖母子と奇妙な人たち
   麦畑さまざま
  (三)ステュクス川のカロン
   『アエネーイス』と『神曲』
   地獄と楽園
   なぜカロンか?
   川の理念
  (四)聖クリストフォロス
   ちぐはぐな絵
   素描と油彩画
   小説『ジョアキム親方の秘密』
   世界への窓

第六章 時の闇と光
  ハプスブルク家の人びと
  フェリペ二世の趣味
  オーストリアのハプスブルク家
  忘れられてゆくパティニール
  作家フロマンタンの絵画論
  ユイスマンス家にあった絵
  美術史家たちの登場
  愛の連鎖

エピローグ

あとがき

使用文献
索引

書評情報

五十嵐聡美(道立帯広美術館学芸員)
北海道新聞2015年4月12日
宮下志朗
ふらんす2015年3月
川本三郎
毎日新聞2015年1月11日(日)

関連リンク