みすず書房

日本の精神医学はこの50年で大きく変わった。50年間臨床の現場に立ち続け、P・ジャネの翻訳をはじめとした力動精神医学の紹介で知られる著者が、みずからの歩んできた道を振り返る。
高度経済成長期におこなわれた治安優先の精神医療政策、その結果としての粗悪な私立病院の乱立、精神科医の絶対的不足、入院患者の暮らし、大学医局との関係、1968年にはじまる精神医療改革運動。さらに、1980年代のDSM‐IIIの導入、統合失調症の軽症化、診療供給体制の多様化…。その渦中で浮かびあがってきたものは何か。

〈私たち精神科医が日々対面しているのは、断片化された「症状」や、あるいは脳の構造、神経伝達物質なのではなく、「病める一人の人」である。(…)私たちが精神科医である限り、目の前の患者がいったい「どこから来て、今どこにおり、そしてどこに行こうとしているのか」を問うことによってしか臨床医でありえない。〉
変貌する精神医学の50年。そこで見つめたものを手渡す、この上なく貴重な証言。

目次

はじめに

第一章 一九六〇年代という時代
医学生の下宿生活/インターン(医師実地修練)制度、無給医制度/外科学の魅力/精神医学を選ぶ/大学医学部精神科というところ/社会的日常から隔離されたところ/大学精神医学教室の門を叩く/精神病理学への夢/精神科医数の圧倒的不足/無給医の研修風景/無給医返上運動のさざ波

第二章 一九六〇年代、ある精神病院の風景
私立単科精神病院というところ/1号館男子入院受け入れ病棟の担当/2号館女子病棟 小林秀雄先生/私立精神病院と大学医局との関係/S病院医局に出入りする先輩たち/ヤスパースの『精神病理学総論』輪読/雑談の効用/精神分析的精神療法の可能性/収容中心主義の医療政策 「経済措置」入院/精神科ベッド数の増加がつづく/四国坂出回生病院への臨時応援

第三章 精神科病棟の患者たち
精神病院建築の基本構造/1号館(男子入院受け入れ病棟)の構造/病棟の中、患者たちの暮らし/入院患者のしたたかさ/担当医として家族に会う/家族の苦悩、悲惨/曽根崎太郎、梅田チカ子という名の患者/5号館(男子慢性病棟)の風景/看護職を代行する患者たち/処遇のむずかしい患者たち/精神病院の変化、その兆し/患者を中間施設へ送る試み

第四章 精神病理学ことはじめ
精神科勤務医の孤立感/京都大学精神医学・精神病理学研究グループ/加藤清先生のこと/LSDによる実験精神病体験/精神療法のノン・バーバル的側面/笠原嘉先生、藤縄昭先生たちのこと/「幻の会」のこと/『正視恐怖、体臭恐怖』の研究に参加して/学術研究と治療

第五章 精神医療改革運動
学術研究と臨床現場/知識人の特権/一九六八年という時代/一九六九年春 第66回日本精神神経学会金沢総会/一九六九年秋 「精神病理・精神療法学会」解体/患者解放運動の世界的動静/反精神医学運動が提起したもの/イギリス反精神医学の日本への影響/医療改革運動、その後/一九八四年、宇都宮病院事件/『分裂病の精神病理』ワークショップ

第六章 一九八〇年代 精神医学の変貌
医療改革運動から精神病理学を見る/DSM-IIIの流入/DSM-IIIの序文から/症状を細分化・対象化して母集団を形成する/統合失調症の「疾病」化——患者の個性に惑わされない試み/Atheoreticalな診断は可能か/「記述」とは何か?/精神症状記述の基本に立ち返って/症状評価尺度表の登場、症状中心主義への傾斜/症状評価尺度表と抗精神病薬の効果判定/ナンシー・アンドレアセンの反省/再び症状とは何か? 「病気とクスリ」を考える/クロルプロマジンの開発史/「鎮静」の意味/症状は〈何か〉が表に現れただけのものかもしれない

第七章 精神医学の現在
統合失調症例の減少/精神分裂病から「統合失調症」への呼称変更/統合失調症の軽症化、多様化/「自分探し」の病理/精神科医療供給体制の分化/精神科診療所、メンタル・クリニックの出現/慢性療養病棟入院者の高齢化/精神障害を「生活障害」として捉える/精神病理学の衰退/精神医学の拡散/薬物療法の席捲 生物学的精神医学の興隆

文献
あとがき
付記
人名索引

書評情報

清水将之(日本精神病理学会名誉会長)
BOOKS ほんとの話