みすず書房

指紋と近代

移動する身体の管理と統治の技法

判型 四六判
頁数 304頁
定価 4,070円 (本体:3,700円)
ISBN 978-4-622-07967-5
Cコード C1036
発行日 2016年2月19日
備考 現在品切
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指紋と近代

現在、「生体認証技術(biometrics)」と総称され、あらゆる身体的特徴を利用した個人認証技術の開発が進められているが、指紋はその草分け的存在だった。
指紋によって個人を識別する「指紋法」という技術は、19世紀末のイギリスの植民地インドで実用化され、瞬く間にヨーロッパ諸国とそれらの植民地、そして日本を経由して傀儡国家「満洲国」に伝わった。コンピュータ・テクノロジと無縁の時代に、膨大な労力と資金を費やして指紋法が採用された理由、この方法でなければ解決できなかった問題とは、何だったのだろうか。
この問いを考えるうえで、本書では移動する身体の管理に着目する。なぜなら指紋法が使用される背景には、共通して、放浪生活を営む人びと、偽名を使って移動を繰り返す犯罪者、国境を越えて往来する移民がいたからだ。指紋法は移動する人びとを、国家や植民地統治者が把握・管理可能な状態に置くための統治の技法だった。
その後、指紋法の運用が軌道に乗ると、移動する人びとだけでなく、領土内の全住民を指紋登録によって完全に管理することが統治者の夢となり、国民国家の形成・再編の局面で繰り返し大規模な指紋登録が議論された。1950年ごろから約20年間つづいた愛知県民指紋登録はその一例である。
いったい、近代的統治は何を目指そうとしたのか。そこにはどのような暴力が内在しているのか。本書は、指紋法による身体管理の歴史的変遷から、これらの問いを明らかにしようとするものである。

目次

序章 指紋をめぐる問い

第1章 「指紋法」誕生の軌跡——イギリス帝国のネットワークと移動する身体という「課題」
一 「指紋法」誕生を語りはじめるにあたって
二 把握不能な身体——植民地インドにおける指紋
三 個体化される身体——人体測定法vs指紋法
四 識別される身体——帝国の人的ネットワークと指紋法の実用化

第2章 指紋法の伝播——イギリス帝国から日本帝国へ
一 近代化の道具——指紋法の日本への導入
二 労働者管理の道具——満鉄撫順炭鉱の労務管理と指紋法
三 移動する身体を管理する道具
四 指紋登録の拡大と企業間の連携

第3章 満洲国の理想と現実——建国当初の指紋登録をめぐる動き
一 理想の国家——満洲国指紋法構想の登場
二 現実との対峙——国籍法と住民登録
三 労務管理の幕開け——労務管理と指紋法
四 労働者指紋管理法案の登場

第4章 労働者指紋登録の開始——労働者移動と格闘する時代へ
一 政策転換と指紋政策——労働統制の新たな段階
二 指紋管理局の設置
三 指紋登録の実態——十指指紋登録とIDカードの交付
四 移動する身体の把握——労働者の間断なき移動との格闘

第5章 労働者管理から国民登録へ——国民手帳法という結末の意味
一 「国民」の把握——安定した労働力供給に向けて
二 国兵法・臨時国勢調査法・暫行民籍法が目指すもの
三 再燃す満洲国指紋法構想——民籍が抱える課題
四 国民手帳法という結論——定住による統治の限界

第6章 警察制度改革と拡大する指紋——警察指紋・国民指紋法・県民指紋登録
一 民主化と指紋
二 国民指紋法の浮上と県民指紋登録の実施
三 愛知県民指紋登録の実態
四 県民指紋登録の廃止に向けて

第7章 戦後日本の再編と指紋——戸籍法・住民登録法・外国人登録法
一 戸籍法の継続と外国人登録法の指紋押捺
二 住民登録法と指紋押捺構想
三 再燃する住民登録への指紋押捺構想
四 外国人登録法の指紋押捺

終章 生体認証技術の現在を考えるために

註記
あとがき
参考文献
表・図・写真一覧
索引

書評情報

安藤宏(国文学者・東京大学教授)
読売新聞2016年3月13日(日)
中島岳志
毎日新聞2016年3月20日(日)
日本経済新聞
2016年4月3日(日)
武田徹(評論家・ジャーナリスト)
朝日新聞2016年4月10日(日)
大屋雄裕(慶應大学教授)
中国新聞2016年4月17日
東洋経済日報
2016年4月29日
麻生晴一郎(ルポライター)
北海道新聞2016年5月1日(日)
美馬達哉(立命館大学大学院教授・医療社会学専攻)
週刊読書人2016年5月6日(金)
「識別」の歴史を考える
東洋経済日報「ひと(サラム)」欄2016年10月21日

関連リンク

「トピックス」

〈博士課程に進学し、指紋という指先の微細な紋様を研究テーマに選んでから約10年がたつ。この間に指紋を含む生体認証技術は、ときに個人のセキュリティを守る鍵として、また「善良な人びと」の生活を脅かす「悪」を探し出す道具として、日常生活のあらゆる場面に浸透した(…)〉(高野麻子「あとがき」より)