みすず書房

『マイケル・K』『恥辱』のノーベル賞作家クッツェーは、みごとな小説家であるのみならず、すぐれた批評家でもある。ほとんど未紹介であったクッツェーの文学評論を精選した本書は、エラスムスからガルシア・マルケスまでを論じている。まるでエンジニアのように作品のテクストを分解し、文章に隠された構造とその効力・政治性を指摘する手際は、じつに鮮やかだ。

「ツヴァイクとホイジンガは、エラスムスを彼らの政治的闘争の中の象徴的人物にするけれども、私が強調しようとするのは、エラスムスのテクストが、別の言説へと解釈されその一部となることに対して示す並はずれた抵抗である。」
「デフォーは確かにテーヌの言うように実業家だったが、言葉と思想を扱う実業家であり、それぞれの言葉や思想の重みがいくらか、価値がいくらかを実業家らしく正確に知っていた。」
「ゴーディマが巨匠たちから抽出するのは小説の理論というより芸術家の理論である。芸術家の特別な使命、彼/女の特別な才能とそれに伴う特別な責任に関する理論である。」

小説家としての実践、恐るべき博識、今日の世界に投げかける透徹した視線。それが一体となって、これらの批評を支えている。クッツェーの数々の名作の背景をうかがわせるとともに、「世界文学」の現在を照らし出す、濃厚エキスのような書物。

目次

古典とは何か? 講演
サミュエル・ベケットとスタイルの誘惑
カフカ「巣穴」における時間、時制、アスペクト
告白と二重思考——トルストイ、ルソー、ドストエフスキー
検閲の闇を抜けて
エラスムス——狂気とライヴァル関係
ダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』
ローベルト・ムージルの『日記』
J・L・ボルヘスの『小説集』
ヨシフ・ブロツキーのエッセイ
ゴーディマとトゥルゲーネフ
ドリス・レッシング自伝
ガブリエル・ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出』
サルマン・ルシュディ『ムーア人の最後のため息』

訳者解説

書評情報

四方田犬彦(映画・比較文学研究者)
東京新聞「2015私の3冊」2015年12月7日
中村和恵(明治大学教授・比較文学)
朝日新聞2016年2月14日(日)

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