2018.04.10
『中井久夫集 6 いじめの政治学 1996-1998』 最相葉月「解説 6」より
[第6回配本・全11巻]
カロリン・エムケ『憎しみに抗って――不純なものへの賛歌』浅井晶子訳
2018.03.23
ますます分極化する世界で蔓延する憎しみにどう抗うか、という本です。憎しみという感情に焦点をあてたことで、驚くほど世界の中での共通点がみえてきます。
「少しくらい満足しておとなしくなるべきではないか。なにしろ、ここまでいろいろなことが許されているのだから」
「想像することができなくなった人は、彼らが人として傷つきやすい存在であることに気付かず、すでに作り上げたイメージでしか見ない」
「つべこべ言わずに「おおらかに」受け流せという暗黙の要請によって、傷はさらに広がる」
どこかで聞いたことがある話ですが、弱い立場の人を貶めて固定しようというレトリックは、みな似たような姿をしているということでしょう。
著者エムケは、憎しみを公然と言い、それが政治的に正しいかのようなことになっている現状を問題視しています。これもまた、世界的に共通した現象です。
「私もまた、憎しみをなんのためらいもなく表現したいという新たな欲求が、当然のものになるのを見たくはない。この国でも、ヨーロッパでも、それ以外の場所でも」
この言葉を読むと、憎しみがためらいなく表明されるのと同時に、それが当然になるのを見たくはない、とためらいなく言うことを、私たちは自己規制してしまっているのではと思います。
エムケはフリーのジャーナリストですが、ジャーナリストらしいと思うのは、いま起こっている象徴的な事件と、それに応答するさまざまな言葉の運動をつなぐ道を示してくれるところです。読んでいくと、いま世界で何が起きていて、本という形でどんな応答がされているのかという、静かなうねりが見えてきます。
たとえば『Citizen』という詩集。人種差別に反対するエッセイ詩で、2015年に多くの賞を受賞し、アメリカでベストセラーになりました(未邦訳)。ファノンの『黒い皮膚・白い仮面』は、植民地差別の構造を言い当てた古典ですが、タナハシ・コーツ『世界と僕のあいだに』と一緒に読むと、いまの社会問題として迫ってきます。#blacklivematter運動は、本書にあるスタテンアイランドのような事件が何度も起こっており、それに抗議して「黒人の命は大事だ」とハッシュタグをつける運動で、世界的に広まりました。「怒りは、なにものにも守られることなく目立っている者に向けられる」というのは、今のことかなと思いますが、アドルノとホルクハイマーの言葉です。「たった一人で孤立して生きる人間などいない。私たちはこの世界に複数で生きている」というのはアーレント『活動的生』。アーレントのいう複数性は、いま大きな意味を持っています。
こうして、過去と現在とつなぎ、憎しみの奔流に飲み込まれない生き方を、著者は呼びかけます。憎しみ以外の世界を言葉によって作り出していこうという、希望を感じます。
2018.04.10
[第6回配本・全11巻]
2018.03.23
海老坂武『戦争文化と愛国心――非戦を考える』