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2017.06.09トピックス

「交換・権力・文化」を経糸に、「贈与・経済・信用」を緯糸に

桜井英治『交換・権力・文化――ひとつの日本中世社会論』

  • 贈与経済は極限まで進むと市場経済ときわめて近いものになるのである。 (17頁)
  • 室町時代になると、贈与の後日決済や贈与どうしの相殺、あるいは贈られた品をそのまま別人への贈与に流用するといったたぐいのことが何のためらいもなくおこなわれるようになる。つまり現象面からいえば、市場経済にみられるのと同じような計算や信用、打算といった観念が、この時代、贈与の世界にも入りこんでくるのである。(29-30頁)
  • 債権・債務関係が人格に固着していると考える社会では債権の譲渡はおきない。それがおきるのは債権・債務関係が人格から切り離しうる――そして多くのばあい、文書に固着しうる――と考える社会においてである。 (15頁)
  • 14-15世紀に極限まで高まった債権の譲渡性は、16世紀に入ると一転して鈍化・沈静化する。この時期に顔のみえない関係から顔のみえる関係へ、匿名的な関係から対面的な関係への回帰がいっせいにおきたことは明らかであり、換言すれば、それはいったん人格から遊離していた債権・債務関係や贈与関係がふたたび人格にもどってきて固着したことを意味する。 (15頁)
  • 人格的な関係はたえず更新していないと消滅してしまうものだということである。同じ人格的な関係ということでいえば、主従関係にも似たところがあり、ひとたび世代交代を迎えれば信任も愛情も忠誠心もいったんはリセットせざるをえない。だから安定した社会ではそれを家格に固着させて個人の人格とは無関係に継承されてゆくメカニズムが構築されるのである。債権・債務関係が人格を離れて文書に固着するのもこれと似た現象で、成熟した社会は早晩そのような省エネ社会に移行するのだとは考えられまいか。 (16頁)
  • 銭それ自体としてもれっきとした贈答品として通用した。銭は現物の贈答品がもっていた個性、たとえば馬であれば毛色や模様、太刀であれば作者の銘などがそれにあたるであろうが、そのような個性を一切もたないかわりに、他の追随を許さない高い価値尺度機能をそなえていた。銭という共通の分母を用いることにより、贈与と贈与の通分が可能になり、贈与の領域にも計算の観念が急速に侵入してゆくことになる。 (49頁)
  • 将軍といえども税制上の立場を離れれば土倉の一顧客にすぎず、あくまでも商慣行に則って土倉に接することが要求されたのである。しばしば兵粮料の名目で土倉の富を食い荒らした諸大名と比較すれば、室町幕府は権力としてあまりにも上品すぎたといえるが、それでも権力の財政が商慣行によって規定されていたことのもつ意義はけっして小さいとはいえまい。人びとに礼節(贈与)を要求する権力は、みずからもまたその軛にとらわれるのである。 (112頁)
  • 中世の賃金がしばしばたんに「酒直」とよばれていたことの意味をもう一度洗いなおしてみる必要があるかもしれない。というのも、土木や運搬などの諸労働にたいし、「酒直」のような贈与名目でしか報いることのできなかった発想そのものが、じつは労働力の数値化・商品化を阻んでいた最大の桎梏であったとも考えられるからである。 (213頁)
  • 交換価値に直接結びつかない使用価値という最後のプレミアをまといながら、やがて精銭は姿を消す。 このような価値の生滅こそ、私が研究をはじめて以来、ひそかに惹きつけられてきた根源的なテーマであったようにも思える。いままで何の価値ももたなかった物事ににわかに価値が発見され、譲渡・売買されるが、それらはいつしかまた無価値なものへと帰ってゆく。大工職、売庭(立庭)、割符、贈答の折紙等々、中世後期という時代はそのような新たな価値が次々に生まれて消えていった時代であった。 (14-15頁)

贈与・貨幣・信用を緯糸とし、交換・権力・文化の経糸がそれらを編んで進む。シャープに、周到に、大胆に論じられる日本中世社会の特質と変容。

本書のあとがきはごく手短で、余韻を残す文章ですが、著者の研究の出発点からの歩みについては第一論文集の『日本中世の経済思想』(岩波書店、1996年)あとがきで、謝辞とともに詳しく語られています。また、現代を生きる私たちにとって「異文化」であるところの日本中世史の魅力と、現在の研究の地平とをまことにバランスよく俯瞰する著者の文章「中世史への招待」は、『岩波講座 日本歴史 6 中世 1』(岩波書店、2013年)の巻頭に収められています。

出版情報紙『パブリッシャーズ・レビュー みすず書房の本棚』2017年6月15日号の一面に、日本中世史家の五味文彦・東京大学名誉教授/放送大学名誉教授(『書物の中世史』著者)より、本書をめぐる書評エッセイをお寄せいただきました。表題は、「室町時代の長年の謎に、卓抜な回答」。ぜひあわせてお読みになって下さい。




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