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ワシーリー・グロスマン

Василий Гроссман

1905-1964。ウクライナ・ベルディーチェフのユダヤ人家庭に生まれる。モスクワ大学で化学を専攻。炭鉱で化学技師として働いたのち、小説を発表。独ソ戦中は従軍記者として前線から兵士に肉薄した記事を書いて全土に名を馳せる。43年、生まれ故郷の町で起きた独軍占領下のユダヤ人大虐殺により母を失う。44年、トレブリンカ絶滅収容所を取材、ホロコーストの実態を世界で最初に報道する。次第にナチとソ連の全体主義体制が本質において大差ないとの認識に達し、50年代後半から大作『人生と運命』を執筆、60年に完成。「雪どけ」期に刊行をめざすが、KGBの家宅捜索を受けて原稿は没収、「今後2-300年、発表は不可」と宣告される。80年、友人が秘匿していた原稿の写しがマイクロフィルムに収められて国外に持ち出され、スイスで出版された(仏訳83年、英訳86年、ソ連国内では88年、邦訳は2012年みすず書房より刊行)。胃がんを患い死を前にしたグロスマンは『万物は流転する』を入院先の病院に持参し、最後の数年を共にした恋人エカテリーナ・ザボロッツカヤに極秘に託した。『万物は流転する』は70年にフランクフルトで刊行、89年にソヴィエトの雑誌『オクチャブリ』に掲載された(邦訳はみすず書房、2013)。

『人生と運命』(全3巻、齋藤紘一訳、2012、日本翻訳文化賞受賞)『万物は流転する』(齋藤紘一訳、亀山郁夫解説、2013)ほか邦訳のある作品として、『トレブリンカの地獄 ワシーリー・グロスマン前期作品集』(赤尾光春・中村唯史訳、2017)『システィーナの聖母――ワシーリー・グロスマン後期作品集』(齋藤紘一訳、2015、以上みすず書房)。ビーヴァー/ヴィノグラードヴァ編『赤軍記者グロースマン』(白水社)はグロスマンの独ソ戦取材ノートをもとにしている。


 

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