1922-2010。作家。平壌に生まれ、14歳で単身で満洲へ、さらに翌年に日本に渡る。苦学して進学し、日本大学にも在籍した。朝鮮解放後の1946年に半島に戻り、越北して平壌で教師をする。1948年に越南してソウルで教師、雑誌記者などの職に就きながら創作を始める。朝鮮戦争中の1949年に釜山に避難。休戦後はソウルに戻って執筆活動を続けた。短編「公休日」(1952)と「死縁記」(1953)を『文芸』誌に発表して注目を浴び、越南民の避難生活を描いた「雨の降る日」(1953)、続く「生活的」(1953)、「血書」(1955)、「人間動物園抄」(1955)、「剰余人間」(1958)などの作品により、朝鮮戦争後の韓国文壇を代表する作家の一人となった。「剰余人間」で第4回東仁文学賞を受賞。1973年に日本に移住。移住後の1976年に長編『流氓(ユメン)』を『韓国日報』に連載〔斎藤真理子訳、宋恵媛解説、みすず書房、2026〕。東京で逝去。