1914年ロワール河畔のブロワで、カトリックで王党派的な家庭に生れる。ソルボンヌで歴史学を学び、アクション・フランセーズで活躍したこともあったが、1941-42年占領下のパリの国立図書館でマルク・ブロックやリュシアン・フェーヴルの著作や『アナル』誌を読む。家庭的な事情から大学の教職には就かず、熱帯農業にかんする調査機関で働くかたわら歴史研究を行なった。『フランス諸住民の歴史』(1948)『〈子供〉の誕生』(1960、邦訳みすず書房、1980)『死を前にした人間』(1977)などユニークな歴史研究を発表し、新しい歴史学の旗手として脚光をあぴる。1979年に社会科学高等研究院(l’Ecole des Hautes Etudes en Sciences Sociales)の研究主任に迎えられた。1984年2月8日逝去。