みすず書房

アンリ・エーは現代フランスの代表的な精神医学者である。エーがネオ・ジャクソニズムと有機(器質)——力動論を標榜しつつ、精神医学界に登場してからすでに久しい。彼の立場はいまやひとりフランス学界のみでなく、ドイツ語圏、スペイン語圏、イタリア語圏などで確乎とした地位を占めている。

エーの精神医学の体系は従来の伝統的精神医学のそれとはかなり異なっている。彼にとっては外因性精神病、内因性精神病、あるいは心因性精神病(神経症)などの区別は重要ではない。むしろ重視すべきは急性精神病と慢性精神病の区分である。そうして前者が意識の病理に属するとすれば、後者は人格の病理にかかわるというのが「精神医学的エチュード」第三巻までを貫くエーの思想であった。

本書においては、従来の彼の意識の概念は拡げられ、「意識野」だけでなく「自我の構成」ないし「人格」をも意識の一面として捉え、さらに意識と無意識の関係も論じている。
初版の序で彼は述べている。
「意識の問題は恐るべき困難を含んでいる。私があえてこの問題に近づこうとしたのは、精神医学が意識について発言すべき何ものかを(しかもこれまでに発言されることのなかったものを)もっているからにほかならない。意識の解体こそ精神医学に固有の知識の対象なのだから。」硯学の意欲的な著作。