みすず書房

心因性疾患とヒステリー

精神医学 3

PSYCHIATRIE

判型 A5判
頁数 302頁
定価 7,700円 (本体:7,000円)
ISBN 978-4-622-02166-7
Cコード C3047
発行日 1987年8月1日
備考 在庫僅少
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心因性疾患とヒステリー

本書は第8版教科書の第4巻の前半に当たる。ヒステリーの次に位置していたパラノイアの章は西丸先生がすでに訳されて精神分裂病の最後に入っているので省かれている。クレペリンと言えば早発性痴呆と躁鬱病を分けたことが有名で、その蔭に隠れてか、この教科書の心因性精神障害を扱った部分は、取り上げられることが比較的少ないようである。この部分はしかしクレペリンの独創は乏しいにしても当時の精神医学的業績の集大成の観があり、第一次大戦直前に熟し切ったヨーロッパ文明の絶頂を一望に収めることができる。また環境要因に左右される疾患であるだけに当時のドイツ乃至はヨーロッパの世相がありありと透けて見え、別種の興味をもかき立てる。(感応精神病のところに出てくる最後の審判を信じたロシアの宗教団体の話などは、おそらく前回のハレー彗星接近時のものであろう。)近ごろしきりと云々される20世紀末の現代日本との相似は言わずもがなで、精神性疲憊は今日でいう燃えつき症候群あたりに相当しようし、ヒステリーの症例にいわゆる境界例がかなり含まれているようである。「変質」概念は原因論的には無論今日放棄されねばならぬものであるが、爛熟した文明の大衆による享楽がもたらすほぼ一定の帰結として、現象としてはそのようなものが確かに存在するのではなかろうかと思わせる。それはまた精神分析を生んだ土壌であり、クレペリンとフロイトとはやはりテーゼとアンチテーゼとして受けとめるべきであろう。(本書の随所に見られる手厳しいフロイト批判はそうした対立のエネルギーの高まりから生まれたものと解される。)どう考えてもフロイト全集の邦訳があってクレペリンの教科書のそれが今までなかったのは片手落ちである。
更に一方では無論ナチズムに通じた危険な道がまざまざと示されている。当時の医学の発達の限界から、クレペリンにしてどこで如何なる推論の誤りを犯したかを、反面教師として自戒の糧とし、かつての若い経験を繰り返すことを避けるためにも、本書は役立つであろう。こうした種々の意味で意外な新鮮さを覚えるのは私だけであろうか(訳者あとがきから)