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ラティモア 中国と私<品切>

CHINA MEMOIRS

Chiang Kai-shek and the War Against Japan


モンゴル・中国辺境の研究で知られるオーエン・ラティモアが、かつて蒋介石の私的顧問を務めた日々。それは、日本の侵略と国共合作に激しく揺れる中国を、内側から見る稀有の体験であった。彼は12歳までを中国で、思春期をヨーロッパで送った。貿易商社に勤めて中国奥地へ赴き、そこでモンゴルとモンゴル人に生涯の関心をいだくようになり、学者への道を踏み出した彼に、ある日ホワイト・ハウスから電話がかかる。
重慶では、まさに網の目の人間関係・権力関係がくりひろげられた。半分封建的で半分近代的な頭をもつ、しかしまぎれもない愛国者の蒋介石。その完全には信頼し合わない政治的同盟者、宋美齢夫人。?一族の宋子文と孔祥熙の競合。互いに秘密を漏らす複数の諜報機関。割拠する軍閥。歴史上最も偉大なナンバー・ツー周恩来。〈中国の新しい皇帝になれそうな人〉毛沢東。時の表舞台に立つ公人たちの素顔に、ラティモアはじかに接する機会があった。
ラティモアの国共合作指支持は、戦後マッカーシー旋風の吹き荒れるアメリカで、彼を政治の内幕を知る重要人物にしてしまった。だが実のところ、彼の関心は、イデオロギーよりも事実のほうにいつもあったのだ。話上手で、ときに実際より面白く語りがちだったラティモアの回想録は、なによりも、時代の雰囲気をいきいきと伝える。



著訳者略歴

オーエン・ラティモア
Owen Lattimore

米国ワシントンに生れる。12歳まで中国で育ち、スイスと英国で教育を受けた後、中国に戻り貿易商杜と新聞社に勤務。1926-27年モンゴルと中央アジアを横断旅行。 ...続きを読む »

※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。
磯野富士子
いその・ふじこ

1918年広島県に生れる。日本女子大学校英文科卒業。1943-45年内蒙古で民族学的調査。日本女子大学、東京大学、リーズ大学講師を歴任。1966年から1989年のラティモアの死まで、ともにモンゴル研究を行う。 ...続きを読む »

※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

この本の関連書


「ラティモア 中国と私」の画像:

ラティモア 中国と私

「ラティモア 中国と私」の書籍情報:

四六判 タテ188mm×ヨコ128mm/328頁
定価 3,630円(本体3,300円)
ISBN 4-622-03356-9 C1022
1992年10月2日発行
<ただいま品切です>