みすず書房

ディナモ・フットボール

国家権力とロシア・東欧のサッカー

判型 四六判 タテ188mm×ヨコ128mm
頁数 272頁
定価 2,640円 (本体:2,400円)
ISBN 978-4-622-03389-9
Cコード C0075
発行日 2002年4月12日
備考 現在品切
オンラインで購入
ディナモ・フットボール

サッカーの歴史を振り返ると、旧ソヴィエト圏、東欧、旧東ドイツには、頭に「ディナモ」とつく名門クラブ・チームが存在する。これはいったい何を意味するのか? 著者が取材を進める中で明らかになったことは、それらのクラブには、内務省・秘密警察が大きく関わっていたという事実である。対戦国に勝つための水面下の工作(国威の発揚)もあれば、選手に諜報機関員やその使命を帯びた者を配し、海外試合を利用するということもあったようだ。

「ディナモ」(DYNAMO)は「ダイナモ」に通じることから、これまで「電気技師組合のクラブ」というのが定説だったが、実際は、警察、秘密警察、内務省のクラブであった。東欧諸国に数ある「デイナモ・〜」のルーツは旧東側陣営の総本山モスクワである。ディナモ・モスクワこそが元祖ディナモであり、ロシアにおけるクラブのルーツでもある。そういった事情のため「ディナモ」という名称は社会主義の時代を生きた人々にとって「憎悪」と「憧憬」という引き裂かれた感情の象徴となっている。

スポーツが政治と関わることは多く、昨今そのテーマでの質の高い出版物が現われるようになってきた。本書はそういったなかで、まさに今まで語られていない切り口で、サッカーと政治・社会の相克を描き出す優れたドキュメンタリー作品となっている。冷戦の時代が終わり、東西対立は過去のものとなった。政治社会情勢が変わり、スポーツは新たな社会構造・経済構造との関わりの中で変貌を余儀なくされている。文化としてのサッカーは、そして、かつての名門クラブはどこへ向かうのであろうか。

編集者からひとこと

W杯の開幕が凄い勢いで近づいて来る。その時期に、みすず書房より2冊目のサッカーをテーマとした単行本を刊行できたことは、一サッカー・ファンである担当者にとってとてもうれしいことである。

サッカーをすることの快楽は、ピッチでボールを蹴ったことのある方にはもちろん、そうじゃない人にも充分想像できることであろう。パスが見事に通ったとき、自分の放ったシュートがなかなか美しい弧を描いてゴールの隅に吸い込まれていったときの快感は、えもいわれぬものだ。

しかし、サッカーの快楽はほかにもたくさんある。観ることにおいてもさまざまな悦びが存在する。チームの意表を衝く戦術や選手の美しいプレイ、知恵をつくしたゲームが波乱の末、思わぬ結末を迎えるまでの、その都度の驚きと感嘆。

さらに、もう一つの面白さは、サッカーについて、その文化的・社会的背景を知ることである。ピッチの外への想像力。しかも、このことがまた、純粋な90分の面白さをますます深いものにしていく。

『ディナモ・フットボール』は、「ディナモ」というキーワードをめぐるロシア〜東欧の取材報告である。ベルリンからモスクワ、さらにはグルジアの首都トビリシまで、宇都宮氏のディナモ探求の旅は続いた。そして、いくつかの謎への回答を携えて取材を了え、原稿がほぼ書き終えられたとき、W杯はすぐ目の前のものとなっていた。

グループリーグ組み分け抽選の夜、日本と同じ組にロシアの名が読み上げられたとき、私は静かにワインを開けた。「ようこそグループHへ」。それは、期せずして本書が2002年大会における骨太な副読本となった瞬間だった。(2002年2月 島原裕司)

著者からひとこと

1987年、秋。当時、東京・池袋にあった西武美術館で、『芸術と革命 II』という展覧会が開催された。マヤコフスキー、エイゼンシュテインといった1920年代から30年代にかけてのロシア・アヴァンギャルドの芸術家を偲ぶ作品群のなかに、画家、デザイナー、そして写真家として名高い、アレクサンドル・ロドチェンコの「ディナモチームの行進」という作品があった。数百人単位の整然とした隊列を俯瞰で撮影した、いかにも構成主義的なモノクロームの作品。13年後、さえない芸術家の卵が、その「ディナモ」を追い求めて旧ソ連圏や東欧を放浪するとは、このときは夢想だにしなかったはずである。

ここ数年、私は欧州のフットボールの現場を写真に収めたり、文章化したりすることをメインの仕事としている。しかしながら私が追い求めるのは、今をときめくスーパースターや、彼らを法外な金でかき集めるビッグクラブではなく、それまで全く我が国では知られていなかった国々におけるフットボールの在りようである。ロシア、ウクライナ、グルジアといった旧ソ連邦を構成した国々、さらには東ドイツ、ルーマニア、クロアチアといった旧東側の国々で、いずれも国内最強を誇った伝説のクラブ「ディナモ」——それは私にとって、実に謎めいていて、全ての情熱を傾けるに値する最高のモティーフであった。

さてロドチェンコは、この「ディナモチーム」以外にも、好んで様々なアスリートを被写体としていた。その大半が、私が追い求めてきた旧共産圏の総合スポーツクラブ「ディナモ」のメンバーであったと思われる。スポーツと芸術は、かの国において共産主義という名の理想と強く結びついていた——そんな観点から、拙著『ディナモ・フットボール』の世界に入りこんでいただいたとしても、著者としては大歓迎である。私はフットボール・ファン以外の読者に対して、「鉄のカーテン」を下ろすようなことはしたくはないからだ。