みすず書房

著者の眼は、歴史の裏通りを生きた人々へと注がれ、著者の足は、歴史の片隅に忘れられた土地へと向けられる。その眼差しの先にいるのは、津和野藩主の嗣子で、清戦役のカメラマンとして従軍し夭折した亀井茲明であったり、近代彫刻を切り開いた北村四海の父、信州鬼無里村の名工・喜代松であったりする。また旅の行き先は、柳田国男が「日本一小さい家」として描いた生家、播州福崎町辻川の家であったり、シンガポールの日本人墓地で、南溟に果てたカラユキさんたちとともに眠る二葉亭四迷の墓であったりする。こうした珠玉の挿話で綴られた「歴史のタピスリー」からは、どんな鮮かな文様が浮かび上がってくるであろうか。
著者は、平成の世になってのこの1O年、毎週1回、新聞のコラムを書き続けてきた。本書は、そのなかから選び抜かれた122篇より成るが、その多くは歴史と旅にかかわるものであった。「21世紀に向けて時代が激しく変わろうとしているとき、歴史に指標を見いだしたいという気持ちが強く働いた結果にちがいない。」(あとがきより)