みすず書房

出版界の折りおりの話題に触れながら、月刊『みすず』に足かけ23年にわたり書きつがれてきた「朱筆」が、この春その連載を終えた。ここに後半の12年分を一書に編んで、現代日本の言論と出版のあり方について考える全ての人びとに贈る。
思えば、この間のマス社会化の進行とニューメディアの発達にはめざましいものがあった。その滔々たる時代の流れのなかで出版界も揺れた。「軽薄短小」とよばれて文庫本とコミックが隆盛を迎え、「雑高書低」といわれて雑誌の創刊ラッシュが続いた時代である。
「出版についての数々の提言や研究が盛んになったにもかかわらず、日本全体がそうであるように,経済効率のみが重視され、出版の根幹をなす言論出版の自由の問題がないがしろにされる傾向と、ミニプロ・ミニセルが切り棄てられる嫌いが顕著に見られた。それらについては、その都度、取り上げていったが、止まるところを知らぬ現状があった。」
「朱筆」はこの時代の出版界に生起した現象の記録であり、それに対する分析・批評である。そしてこれらの時評の根底に一貫してあるのは、「言論出版の自由」の原則に基づく視点である。教科書裁判、写真週刊誌、消費税と再販制等の問題が、新鮮な角度から照射され、問題の所在がクリアに示される。本書はコミュニケイションとしての活字の役割を再認識し、出版ということについて捉えなおそうとするための良き手がかりを提供するであろう。
巻末に資料として年表と索引を付す。

目次

I 一九七九——一九八二
1 出版は知的ファッション産業であるか?
2 虎の尾を踏んだ書泉労働組合
3 文明の接触と対話の現場を見る
4 復刻問題にあらわれた合法性と正当性
5 初版権、復刻権および「知る権利」
6 出版におけるコンピュータリセーションの問題点
7 出版流通の合理性の諸問題
8 書評の問題とその原点
9 みたび復刻権について
10 新雑誌創刊ラッシュの意味
11 情報公開法と出版社の意識
12 出版労働者の視点
13 出版契約と出版権
14 洋書価格設定への疑問
15 教科書の寡占化
16 教科書検定における「健全な常識」と画一化
17 税制と出版と「表現の自由」
18 「有斐閣百年史」の示唆するもの
19 新再販下の二つの反応
20 通訳と翻訳のちがい
21 平凡社応援のアピール
22 国定化と教科書出版社の姿勢
23 年収五千ドルの意味
24 出版の多様性を保障するもの
25 「多品種・少量生産」を可能にするもの
26 編集企画プロダクションの効用——出版は構造的不況入りか?
28 身体で知る出版の原点
29 『ブロック・バスター時代』の果てに
30 ある編集プロダクションの結末
31 賃金格差はなぜ生じるか
32 供給過剰とアドヴァンス制度
33 出版社社史の存在理由
34 「岩波」攻撃の背景
35 教科書は出版物ではないのか?
36 日販労組の脱退——出版労連に問われているもの
37 公安・風俗を害する書籍
38 ある盗作事件の背景

II 一九八三—一九八六
39 五三〇万部の可能性
40 テレビ開局三十周年と表現の自由
41 恣意的読書のすすめ
42 過剰生産の原因
43 「消費としての出版」論をめぐって
44 重版品の新刊扱い送品をめぐって
45 広告依存の危険な一面
46 ミニ書評誌への期待
47 出版統計の姿勢
48 ブックフェアか展示会か
49 出版権設定への観点
50 『一九八四年』を迎えて
51 ニューテクノロジーと出版・印刷
52 自主規制と出版の自由(一)
53 自主規制と出版の自由(二)
54 編集者は働いていないか
55 『パルチザン伝説』をめぐる出版の自由
56 編集プロダクションと出版活性化の問題
57 ある老出版人の死
58 契約書をとりかわさない理由
59 出版契約書ヒナ型の問題点
60 最高裁の税関検査合憲判決と「表現の自由」
61 西谷能雄「思うこと」二百回の終結
62 臨教審の教科書自由化
63 出版労連の二十七年と賃金
64 文庫本とコミック本
65 なんのための出版流通か
66 出版交流の問題点
67 書評の定量分析の試み
68 美作太郎『戦前・戦中を歩む』
69 日本リーダイの終焉
70 「文庫の時代」か?
71 図書館と公貸権
72 『太陽風交点』訴訟の意味するもの
73 「鷺を烏」の家永控訴審判決
74 日本は翻訳大国か?
75 今こそ教科書の自由発行・自由採択を
76 無店舗販売が意味するもの
77 二つの労働組合
78 FFE現象とその周辺
79 雑誌ジャーナリズムの最低線

III 一九八七—一九九〇
80 『フライデー』襲撃事件で問われたもの
81 『フライデー』事件と“労”
82 「エリート」編集者の求めるもの
83 ベストセラーとしての出版社
84 戦後出版史への一証言
85 「未発表作品」発表の責任
86 新しい出版流通は可能か
87 『平凡社における失敗の研究』の研究
88 アドヴァンス高騰の意味
89 韓国の「万国著作権条約」加入
90 朝日新聞の「自粛令」
91 電子出版と「出版」の未来
92 定価設定への疑問
93 買切制と読者の視点
94 「妨害活動」と自由発行・自由採択
95 消費税と書協
96 コピーと著作権集中処理機構の問題
97 アメリカの賃金統計の意味するもの
98 著作者・編集者の責任
99 東京ブックフェアの成功とその意味
100 『出版労働者が歩いてきた道』を読む
101 経団連と出版社の権利
102 出版における勲章
103 消費税と再販制護持の問題 I
104 消費税と再販制護持の問題 II
105 消費税と再販制護持の問題 III
106 いま書店員の労働条件は
107 家永訴訟への「こだわり」
108 社会党バッシングに見る編集姿勢
109 売上至上主義に歯止めはあるのか
110 「売れる本」と「売りたい本」