みすず書房

医療倫理 1

よりよい決定のための事例分析

CLASSIC CASES IN MEDICAL ETHICS

判型 A5判
頁数 392頁
定価 6,050円 (本体:5,500円)
ISBN 978-4-622-04114-6
Cコード C3047
発行日 2000年3月23日
備考 現在品切
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医療倫理 1

壮大なヒトゲノム解析計画の完了も目前に迫り、人間の遺伝子情報の全容が明らかになろうとしている。遺伝病の原因の特定と新しい治療法の開発は、今後の数年で大きく前進するだろう。クローン技術の進歩も目ざましく、これが人に応用されれば、重病の家族の「忘れ形見」をぜひ産みたいというような希望が叶う可能性も皆無ではない。

しかし、先端技術が見せてくれるさまざまな「夢」が悪夢とならないかどうか、つまり社会が現実に選んでよい選択肢なのかどうかという点になると、むろん別の議論が必要である。いや、もっと身近な日常医療の領域でさえ、医師も患者やその家族も、道徳的な判断を避けて通るわけにはいかないのだ。
本書は、現在論議の的になっている問題のすべてを、豊富な具体例に基づいて解説する。中心となるのは主としてアメリカの事例だが、いずれもここ30年の医療倫理の歩みにおいてランドマーク的な役割を果たした事例である。

たとえば、植物状態のカレン・クィンランさんを安楽死させたいと家族が望んだ事例では、裁判所が生命維持装置の取り外しを認めたが、病院は患者を死なせることに抵抗し、カレンさんは昏睡状態のままその後10年あまり生きた。この事例は世界を論争に巻き込んだが、いまでは「リビング・ウィル」の明確な患者は死期を早めることを選択できる場合もある。何が変化したのだろうか。倫理的問題を考えるには、どういう点を区別すればよいのだろうか。

人間の生命を左右する問題においては、事態はいつも複雑である。あらかじめ用意された枠組みを当てはめようとしてもうまくいかないことが多い。「細部」が大切である、と本書の著者はいう。ことの推移や周囲の事情をよく知り、歴史的背景に目を配りながら考えることによって、私たちは新たな状況に対応する智恵を獲得することができる。

著者のこの姿勢が功を奏し、本書の叙述は実に平明でいきいきとしている。当事者の発言、マスメディアや専門家の反応が紹介され、多面的な情報が読者の想像力を刺激してくれる。これは今までの本にない大きな特徴であり、本書がアメリカの多くの大学で、医師養成課程の教科書に選ばれている最大の理由もここにある。

さらには、事例の影響と今日までの展開について、丹念な追跡がなされている点を、本書の魅力として挙げたい。日進月歩の医療技術に対応して、倫理的問題も複雑化する一方である。原著は一九九〇年の初版刊行以来着々と版を重ね、五年ごとに大幅な改訂が施されてきた。エイズ、遺伝子診断、クローン技術など、今後ますます重要になる問題に、本書は本格的に対応している。日本語版はもちろん最新の2000年版からの翻訳である。

すべての人に同じ水準の医療が行き渡ることが理想でも、現実には資源の配分のジレンマが避けがたい。近年、日本でも医療制度改革の論議が行われている。特有の事情があるとはいえ、アメリカの動向は私たちの関心事である。アップ・トゥ・デートな知識の獲得と同時に、そこにある普遍的な問題の理解に導いてくれる本書は、倫理を学ぶ人々だけでなく、実務に携わる人の座右の書としても役立つことであろう。全2巻

本巻では、人間の誕生と死をめぐる倫理的問題を扱う。

目次

日本語版への序文
第一版—第三版への序文

第1章 医療倫理における道徳的推論と倫理理論

第一部 死と死にゆく過程についての古典的事例
第2章 昏睡 カレン・クィンランとナンシー・クルーザン
第3章 死にたいという要請
エリザベス・ボービアとラリー・マカフィー
第4章 医師による死の幇助 オレゴン州における合法化

第二部 生命の始まりについての古典的事例
第1章 生殖補助医療
ルイーズ・ブラウンの事例とその後の展開
第6章 代理出産 ベビー・M
第7章 中絶 ケネス・エデリン
第8章 障害のある新生児を死なせる
ベビー・ジェーン・ドウ

主要判決一覧
索引