みすず書房

技術倫理 1

ETHICS IN ENGINEERING PRACTICE AND RESEARCH

判型 A5判 タテ210mm×ヨコ148mm
頁数 224頁
定価 3,080円 (本体:2,800円)
ISBN 978-4-622-04119-1
Cコード C3050
発行日 2000年12月 1日
オンラインで購入
技術倫理 1

1990年代後半から多発する重大事件。エンジニアの倫理を問う声は高まる一方だ。かたや経済のグローバル化にともない、国際的に通用するエンジニアの養成は工学教育の焦眉の課題となっている。技術系学協会の倫理綱領策定や、日本技術者教育認定機構(JABEE)の発足などさまざまな取り組みが進んでいるが、技術者倫理の体系的入門書はこれまで日本にはなかった。

科学技術倫理の研究・教育では第一人者のウィットベック博士は、大学での講義をもとに、この質の高いテキスト『技術倫理 Ethics in Engineering Practice and Research』をまとめた。本書の特色は次のように整理される。

■抽象的な議論をできるだけ排除し、実践の現場で現実の問題に意志決定を下す当事者の視点を貫いていること
■豊富なケーススタディをバランスよく配置していること
■倫理問題と設計問題のアナロジーという、独創的な見解を教育の手法として展開していること
■著者の主宰する厖大な情報を蓄積したウェブサイト「オンライン科学技術倫理センター」http://www.onlineethics.org/との緊密な連携

日々の業務のなかで問題状況への対処を迫られるエンジニアと、そして科学者、教育者にとって、文字どおり必携の書といえるだろう。

目次

序章 倫理問題を考えるために
1 価値と価値判断
2 道徳的権利と道徳規則
3 道徳的性格と責任
4 プライヴァシー、秘密、知的財産、法

第1章 設計としての倫理
設計問題/設計とのアナロジー/設計問題から得られる四つの道徳的教訓/倫理問題は動的である/問題とは行為者が経験するもの/倫理的判断とその検討/まとめと結論——優れた点をさらに伸ばそう

第2章 プロフェッショナルとしての責任の基盤と範囲
プロフェッションとその行動規範/倫理規範はプロフェッションによって異なる/倫理的行動の基準における責任、義務、道徳規則/咎められるべき間違いとは?/プロフェッションの自律性と倫理綱領/被雇用者としての立場はプロフェッショナルとしての行動を妨げるか/まとめ

第3章 プロフェッショナルとしてのエンジニアの主要な責任
プロフェッショナルの行動規範は変化する/安全責任をめぐるエンジニアのコンセンサス形成/知識、予見、安全責任/ホテルの連絡通路崩落事故とDC-10型旅客機墜落事故/危険とリスク/エンジニアリング上予見すべきことの範囲と限界/エンジニアの予見を影響力行使の機会に結びつける/まとめ

第4章 プロフェッショナルの行動の二つのモデル
1 ロジャー・ボジョレー(ボイジョリー)とチャレンジャー号爆発
安全問題に対するボジョレーの姿勢から道徳的教訓を学ぶ/事故の背景と1985年1月の飛行後の調査/低温仮説はなるべく伏せてくれ/シール浸食の証拠が続々と現われ、事態は足踏み状態に/自社イメージを気にする会社/上層部の指示をほとんど得られないままに/飛行直前の一昼夜/事故を防ぐ/エンジニアと大衆文化の記憶に残るチャレンジャー号の惨事
2 「59階建てビルの危機」とウィリアム・ルメジャー
ルメジャーによる核心的なシティコープ・タワーの設計/溶接からボルトへの変更を発見/斜め方向から吹く風の影響/風洞実験による危険の証拠/支援を集める/パニックなしの修理達成/最後の仕上げ——ルメジャーの名声
3 結論——ボジョレーとルメジャーの比較

訳者あとがき
索引

〔以下第2巻目次〕
第1章 職場における権利と責任
第6章 研究上の誠実さに対する責任
第7章 実験対象に対する研究者の責任
第8章 環境に対する責任
第9章 研究と出版における功績の正当な評価
第10章 エンジニアリングにおける功績評価と知的財産
エピローグ 科学技術の世界に生きる

編集者よりひとこと

スペースシャトル引退(2011年7月「アトランティス」号の最終飛行をもってスペースシャトル計画終了)を機に、あいつぐ新聞の解説記事などでは、シャトルの歴史がたどられるなかで必ずシャトルの事故の歴史にもふれられます。
忘れることのできない1986年1月のスペースシャトル「チャレンジャー」号爆発。本書ウィットベック『技術倫理』1には、チャレンジャー号の惨事がケーススタディとしてとりあげられるので、事故をさかのぼること一年前の1985年1月以来、1986年1月28日に予定された飛行の前日の一昼夜にいたるまでの、モートン・サイオコール社のエンジニア、ロジャー・ボジョレーの行動を克明に追っています。——


ロジャー・ボジョレーにとって、ことのはじまりは1985年1月、チャレンジャー号打ち上げの一年前にさかのぼる。当時、ボジョレーは「フライト51C」と呼ばれた別のシャトル打ち上げ後のハードウェアの検査に携わっていた。この検査で彼は、二つのO-リングのあいだに、大量の黒こげになったグリースを見つけた。……
(「事故の背景と1985年1月の飛行後の調査」)

NASAはモートン・サイオコール社に対して、1985年4月に予定されたフライト51Cの飛行準備調査の一環として、シールの効能をもっと詳細に明らかにするよう依頼した。ボジョレーは自分の考えを三回にわたって、順次レベルの高くなる検討委員会で報告していったが、……
(「低温仮説はなるべく伏せてくれ」)

この時点で、モートン・サイオコール社とNASAの上層部は、シールが重要な効果を発揮しないことと低温がその要因であることの証拠を手に入れていた。しかし、……彼は、技術担当副社長のロバート・ルンドにあててメモを書き、この問題に対処しなければシャトルは爆発する、と自分の意見をはっきり伝えた。このメモにはただちに「社外秘」のスタンプが押された。……
(「シール浸食の証拠が続々と現われ、事態は足踏み状態に」)

「この幹部だけの議論の中で、ジェリー・メイソン〔上級副社長〕は低い声で、打ち上げたいと思っているのは私だけなのかと問いかけた。議論は続いたが、メイソンは技術担当副社長のボブ・ルンドの方を向くと、エンジニアの帽子は脱いで経営者の帽子をかぶれと言った。……」……
(「飛行直前の一昼夜」)


——引用のうち最終の一節は、1986年1月27日、モートン・サイオコール社とフロリダのケネディ宇宙センター、アラバマ州ハンツヴィルのマーシャル宇宙飛行センターを結んでおこなわれたテレビ会議で、モートン・サイオコール社がデータの評価をしなおすために話し合う時間がほしいと申し出、NASA側の二グループとの通信が5分間切られたあいだの討論の場面を、ボジョレーの報告により再現した部分です。