みすず書房

クナッパーツブッシュ——この大指揮者は、そのヴァーグナー、とりわけ《パルジファル》解釈において、ほぼ半世紀を経た今日でも、神々しいまでの高みにあって、他の追随を許さない。ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーなど埋もれた録音が次々と発掘され、彼の芸術は今なお多くの人々を魅了してやまないが、その人となりについては断片的なエピソードが伝わるのみで、とくにナチとの関係は、深い謎に包まれたままであった。 ドイツ哲学・思想を専門とする著者は、各地の文書館・図書館を渉猟して集めた膨大かつ貴重な資料に、執拗なまでの緻密さで検証を加えながら、神話となりつつある巨匠の知られざる生涯と、その暗い時代との関わりに迫ってゆく。

ニキシュ、R・シュトラウス、S・ヴァーグナー、ヴァルター、ヴァイル、ショルティといった音楽家たち、T・マン、シュペングラーのような作家・思想家たちとのあいだで織りなされるさまざまな人間模様。音楽あるいは音楽家が、政治の大きな懸案たりえた時代の位相。
ひたすら対象に肉薄しようとする気迫、鋭利な分析と平明な筆致によって、謎と伝説に包まれた巨匠の姿が、いまここに明らかにされる。

目次

はじめに
序文「秘史」——知られざる婚約者

I 「巨匠」(マエストロ)への道
生い立ち 1888-1913
  生地エルバーフェルト/クナッパーツブッシュ家/幼年期/学生時代/まぼろしの「クンドリー論」/バイロイト体験
エルバーフェルト時代 1913-1918
  徒弟指揮者/《パルジファル》デビュー/《マイスタージンガー》と第一次世界大戦/軍役、結婚そして離郷
ライプチヒ時代 1918-1919
  突然の病欠/早すぎる転出/ローゼとの確執/アルトゥール・ニキシュ/「ドイツの運命について」
デッサウ時代 1919-1922
  宮廷劇場での客演/フリードリヒ劇場/クルト・ヴァイル/批評家事件/ドイツと「ヴァーグナー」/劇場焼失

II 政治と音楽
ミュンヘン時代 1922-1936
  ヴァーグナーの街ミュンヘン/ヴァルターとの交代/反ユダヤ主義/《第九》と退任騒動/ドイツ文化闘争同盟の支援/批評家裁判/『ミュンヘン最新報』と文化政策/裁判の意味づけ/トーマス・マンとヴァーグナー問題/クナッパーツブッシュの暗躍/ヒトラーの劇場計画/ハーグでの舌禍/《トリスタンとイゾルデ》記念公演/ミュンヘン「追放」/クナッパーツブッシュの「詫び状」/シュペングラーの手紙
ウィーン時代 1936-1945
  総統の回想/ウィーンの契約/「二重の芝居」/ザルツブルク音楽祭(1937年)/オーストリア併合/《神々の黄昏》
戦後ドイツ 1945-1965
  占領政策/廃墟に音楽を/クナッパーツブッシュの復帰/ブラック・リスト/クナッパーツブッシュの説明/レーオ・ブレッヒ/「洗剤証明書」/二度目の復帰/ゲオルク・ショルティ/ヴィニフレート・ヴァーグナー/バイロイトの丘へ/バイロイト音楽祭/ボーゲンハウゼン墓地


あとがき