みすず書房

矢内原伊作は、1956年から1961年にかけて、5度の夏をパリで過ごした。彫刻家・画家、アルベルト・ジャコメッティのモデルをつとめるためである。彼は、ジョンソン博士におけるボズウェル、ゲーテにおけるエッカーマンのように、偉大な芸術家との対話を忠実に記録した。残された手帖の最初の1冊にこう記されている。〈常に携え、一切のものを記録するためなり。外界ではなく内界を、印象ではなく思想を、事象ではなく本質を。見ることが、そのまま生きることであるほどに。〉芸術家は、他の誰よりも矢内原に、制作の過程で、日常の会話で、率直な言葉を吐いているようにみえる。〈もう少しの勇気、50グラムの勇気、あと一滴の勇気さえあれば!〉といった具合に。

矢内原が生前に、最初の年の経験をもとに、『ジャコメッティとともに』と題し、まとめた単行本もいまや幻の本となっている。それに、60年・61年の日記・手帖より再現された「ジャコメッティ語録」、矢内原あて9通の手紙も、本書には収められている。20世紀を代表する偉大な芸術家の数々の作品にその姿を残す〈ヤナイハラって誰?〉という、世界中の読者の問いに答えるとともに、この一書を通して、ヤナイハラの名は不滅のものとなるであろう。

目次

I ジャコメッティとともに
II その後のジャコメッティ
III ジャコメッティからの手紙
IV ジャコメッティについての日記・手帖(1960年8月‐9月/1961年7月‐9月)
V アルベルト・ジャコメッティ略年譜

解題
あとがき  宇佐見英治/武田昭彦

書評情報

石井ゆかり
FIGARO japon2016年2月号