みすず書房

戦後日本文学史上に燦然と輝く、永遠の名作『神聖喜劇』を始めとする作品群、小社から刊行された50年の思索の結晶たる批評集成『大西巨人文選』ほか、揺るぎなく充実した文業の数々によって、作家・大西巨人の声価は更に高まりつつある。

新世紀初頭、ここに大西ファン待望の〈幻の第一長篇〉が、半世紀ぶりの封印を解かれ、ついに登場することになった。『神聖喜劇』に先行すること二十数年、大戦直後の1949年に改造社から刊行されたデビュー長篇『精神の氷点』が、著者の入念な加筆訂正を経て、改めて世に問われる日が来たのである。

「戦争が敗北に終わった晩夏より約二月後のある晴れた午後、水村宏紀は、復員用海防艦から西海地方北部鏡山市・彼の留守宅所在地の港湾岸壁に下り立った。……」サスペンスに満ちた導入から、読者は鮮烈な筆で描き出される〈魂と虚無〉の相克の迫真的なドラマに引き込まれることであろう。必読の傑作だ。