みすず書房

『燈台へ』『ダロウェイ夫人』『波』な20世紀を代表する傑作はいかにして生まれたのか? ヴァージニア・ウルフの心奥につきまとい、その精神に強い影響を与えたものは何か? また、彼女の虹のように把え難い文学世界に堅固なるリアリティを与えた小説技法は、いかにして生まれたのか? さらに、彼女の生涯と文学に濃い影を落としている狂気と創造の関係は、一体どうだったのか?
本書は、これらの問題について彼女の作品と多くの資料を渉猟しながら、しかし、ゆったりときめ細かい対話をするかのように、その創造の核心を解き明かした待望の作家論である。個々の作品鑑賞を踏まえながらも、異なる作品を貫いて流れる大きなテーマに寄り添うことで、著者ははじめてこの閨秀作家の全体像に接近することかできた。
亡き母にたいする微妙な関係、ブルームズベリー・グループにおける錯綜した異性・同性関係、創造行為と複雑に絡まった狂気のもつパラドックスなど、ヴァージニアをめぐる多様な問題が、手際よく紹介されて個人史の中に位置づけられ、その意味が明らかにされる。人間と土地をめぐる三つの章はそれぞれ、この作家を絵解きする卓抜なトリプティク(三枚続きの画像)を構成している。なかでも、R・フライの後期印象派論とウルフの小説技法に見られる類縁性の解剖はみごとである。ウルフ解読のための絶好の手引きといえよう。