みすず書房

ある国の文化にとって、その国の言葉に翻訳された書物は、その国で書かれた書物とかわらないくらいの役割を果たす。そして翻訳という営みには「時代によって、場所によってかわる他の文化との接触のありようが凝縮されている。翻訳家たちの生涯はそうしたものを具体的なかたちでしめしてくれる」のに、光のあたることが少ない。
本書は、紀元前のエジプトから現代まで、フランスを中心とした翻訳と翻訳家の歴史を興味深いエピソードでつづった翻訳学の新しい試みである。中世アラビア文化圏で行なわれたギリシア古典の翻訳、文明論争としての翻訳論争を担ったアンヌ・ダシエ、ニュートンを最初に訳したシャトレ夫人、ダーウィンを紹介したクレマンス・ロワイエ、作家ジード、ラルボーなど翻訳に情熱を燃やした人々。さらに近年になって続々と組織されている翻訳家協会や学校の現状……。著者はこれらを多くの資料を駆使しながら読みやすく叙述してゆく。
文化の複数性と歴史の重層性が問い直される今日、これは、自身も翻訳にたずさわる者ならではの視点と臨場感と情熱にあふれたユニークな文化史である。

本書は、第15回日本出版学会賞を受賞しました。
日本出版学会 第15回日本出版学会賞(1993年度) http://www.shuppan.jp/jyusho/234-151993.html

目次

はじめに
ジェレニスキーという人/なぜ翻訳史か

第一章 翻訳はいつからあるのか
翻訳史ことはじめ/翻訳は古代にもあった/宗教の教典の翻訳/フランス語への翻訳はいつからはじまったのか/ルネサンス以前の翻訳家たち

第二章 バグダードからトレドへ
アラビア文化の翻訳の世紀/翻訳の世紀の主役たち/バグダードの翻訳機関——「智の家」/フナイン・イブン・イスハーク(808ころ-873)/中世ヨーロッパの翻訳の世紀/翻訳のセンター、トレド/クレモナのヘラルド(1114-1187)

第三章 フランス・ルネサンスのパイオニア
翻訳ブームの到来/16世紀の翻訳家たち/聖書の仏訳をめぐる攻防/エティエンヌ・ドレ(1509-1546)/ジャック・アミヨ(1513-1593)

第四章 不実の美女 ルイ14世時代の翻訳論争
フランス語の誇り/翻訳がなお威信をもちえた時代/アンヌ・ルフェーヴル・ダシエ(1651ころ-1720)/すぐれているのは、今の人か昔の人か——新旧論争/文明論争としての翻訳論争——アンヌ・ダシエ対ウダール・ド・ラ・モット/「ちょっと余談になりますが…」/「本論にもどりましょう」/現代にひき継がれる論争

第五章 翻訳に情熱をそそいだ作家たち
フランス翻訳史の流れ/フランス翻訳史における作家たち/アンドレ・ジード(1869-1951)/ヴァレリー・ラルボー(1881-1957)/マルグリット・ユルスナール(1903-1987)

第六章 有名にして無名な翻訳家 時のヒロインとなった女たち
ガブリエル・エミリー・デュ・シャトレ(1706-1749)/クレマンス・ロワイエ(1830-1902)/ドニーズ・クレルーアン(1900-1945)

第七章 翻訳家組織のパイオニア
フランス翻訳家協会(SFT)の設立/出版翻訳家たちの分離/印税という原則/エルマー・トプホーヴェン(1923-1989)/アルル出版翻訳会議の発足/スペインとイタリアで


文献
あとがき
人名索引