みすず書房

「島国に生まれて、一生を島国で送り、外国と言われる世界を見ることなしに終わることを多くの日本人が宿命と感じてきた。海外旅行が容易になった今日でさえ、この宿命に束縛されていると感じる人は少なくない。少ないどころか、日本人の多数派を形成している。そのような日本人にとって、自分の国土にアルプスがあってくれることが、なんと大きな精神的な救いであることか。〈(ヨーロッパの)アルプスに似ている〉という比喩の段階が、いつしか、〈アルプスそのもの〉という同一化へと発展する心理的現象をも生んだ」(美しい幻影の酔い心地)。

われわれ日本人にとって、〈日本アルプス〉とは何か? この名称はいかなる意味をもつのか? 日本近代登山の父・ウェストンやラスキンの影響、志賀重昂や小島烏水の山岳観から槇有恒・深田久弥・田部重治・三島由紀夫まで、多量の文献を渉猟しつつ、著者はこのアルプスという〈名〉がもつ魅力と魔力を分析し、その意味を日本近=現代文化史のなかに位置づけてゆく。

本書は〈日本アルプス〉をめぐるエピソード満載の山岳文化史であると同時に、日本人が西欧文化を取り入れる際の心情のメカニズムをも明示したユニークな精神史である。