みすず書房

西欧の一九世紀は活字メディアの世紀である。言説の交換市場としての公共空間の成立。それは読書の世紀でもあった。こうした読書の民主化は、文学という制度の変革を迫らずにはいない。そして作家は、新たな読書空間と葛藤を演じることになろう。

王政復古の時代、小説は一般に定価も高く、しかも大半がフランス版貸本屋すなわち「読書クラブ」にまわされていた。首都パリには、書籍・新聞・雑誌を有料で閲覧させるアクセスポイントが何百個所も存在していた。文豪バルザックによる作者と読者をダイレクトに結ぶブッククラブ構想の挫折をうけて、ゾラは市場原理と現代文学の関係を問い、印税システムの改革を行う。純粋小説家フロベールまでが、文学という象徴財をめぐる、はったりによる闘争のアリーナに巻き込まれるのである。

また、小説の内部にも、読書する女性エンマ・ポヴァリーがおり、外部には大部数日刊紙の連載小説が人気を博していた。

ルネサンスの文学と歴史を専門とする著者が、「あこがれの」一九世紀文学に挑戦し、最新の資料をさりげなく用いながら闊達な文章で描く文学・出版・読書論。

書評情報

図書
2011年7月号